恋風(こいかぜ)【43】
「も…………てる」
「……え?」
「恋ならもうしてるって言ってるの!」
今度は巡から手を差し出すと亮太郎はポカンと口を開けて、それからパッと花を咲かせたように笑った。
「気付かなかった」
「気付くわけない、だって……」
(私だって気付いたばっかりだもん)
恥ずかしくて口に出しては言えず、胸の中で呟いたにも関わらず、巡を見る亮太郎の目はとても優しい。
「すげー嬉しい」
(お兄ちゃんの言ったこと、ようやく分かったよ)
兄を好きという気持ちとは全然違う。
嬉しいだけじゃない、イライラするしモヤモヤする、でもそれ以上にドキドキして、そのドキドキがたくさんの嬉しいに変わる。
それから相手の嬉しい気持ちが自分をもっと嬉しくさせて、それがまたドキドキに変わっていく不思議な感覚。
「それじゃあ、これからよろしく」
巡の差し出した手を握り返した亮太郎が松葉杖も使わず軽やかに立ち上がる。
握る手の大きさとまるで包み込むような優しい触れ方、向かい合って立った亮太郎の近さは今までと何か違う。
(あんまり近付いたら心臓の音聞こえちゃう)
ずっと鎮まることのない鼓動が繋がれた手から伝わっていたら……と考えるだけで手を振り解きたくなってしまう。
そうしないのは恥ずかしさよりも嬉しいドキドキが大きいからかもしれない。
「さて、どこ行く? って言ってもこの足じゃこの辺の喫茶店入るくらいしか出来ないけど」
自分も握り返した方がいいのか、悩んでいた巡は亮太郎の言葉に大切な事を思い出す。
「プール!」
「へ?」
「プール行かなくちゃ! お兄ちゃんの水泳教室!」
「おいおい……この展開の後にそれはちとおかしかねーか?」
「どこがおかしいの?」
「そりゃこの後はラブラブで愛を語り合うっつーのが定番だろ?」
「ラ……ッ! バ、バッカじゃないの、勝手に一人で語り合ってればいいじゃない!」
亮太郎の口から出た言葉の生々しさに反論した巡は思わず手を振り解いた。
苦しいほど跳ね上がる心臓を制服の上から押さえつけて、公園に向かって一歩踏み出すと後ろから伸びて来た長い腕に掴まった。
「こーら、公園横切んのは禁止。行くならこっちから」
松葉杖をつく亮太郎が巡の手を引いて歩き出す、歩道をヒョコヒョコと歩く亮太郎の後ろ姿を見ながら、巡は少しだけ握られた手に力を込める。
「プール、行ってもいいの?」
「いいよ」
あっさり返ってきた返事は自分に都合の良いもののはずなのに、少しだけ寂しく思ってしまうのはどうしてだろう。
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