恋風(こいかぜ)【42】


 背を向けても全身が後ろにいる亮太郎の動向を探っている。

 わずかに動いた足と地面が擦れる音を聞いただけで巡は体をビクつかせた。

「じゃあ、俺がそっち行く」

 ヨッと掛け声が聞こえると、巡の脳裏に松葉杖を頼りに立ち上がる亮太郎の姿が浮かび、慌てて振り返った。

「あ……こっち、向いた」

(ハメられた……)

 立ち上がっているどころか、亮太郎は座ったままで松葉杖すらも握っていない。

「じゃあ、言っていい?」

 もちろんここで何を、と聞き返す勇気はない。

「ダメ! 言わないで、絶対に言わないで!」

「何で?」

 聞いてしまったらもう戻れない気がするからとは言えない。

 でも動き始めてしまった心のベクトルはもう変えられるものじゃないことにも気付いていた。

「だって困る。なんかここんとこがザワザワして困る」

 巡は制服の上から胸をギュッと押さえた。

 今までこんなに恥ずかしい思いを経験したことない、心臓は張り裂けそうだし顔からは火が出そうなほど熱い。

 全神経が相手の挙動を少しも見逃さないと敏感になっているのも分かる。

「そうか。ますますチャンスは逃せないなー」

 笑った亮太郎の顔が変わる。

 一瞬の出来事なのに目を離せなかった巡にはスローモーションのように見えた。

 亮太郎にいつものからかいの色はなく、代わりに真っ直ぐ真摯な目が巡を動けなくさせた。

「好きだよ、巡ちゃん。俺と恋しようよ」

 真っ直ぐ差し出された手が胸の前で止まった。

 初めて名前を呼ばれたことに驚くよりも、その言葉をスッと受け入れたことに驚いた。

『ある日突然だったから……』

 ずっと兄のことが好きで、その気持ちは小さい頃から育てていたもので、好きって気持ちはそういうものだっと思っていた。

 だからあの時はひなの言葉を素直に受け入れることは出来なかったけど……。

 今ならその言葉の意味が分かる。

 どうしてこんな気持ちになってしまったのか、いつからそうなってしまったのか、そういうことはまったく分からない。

 ただ差し出された手も向けられた言葉も素直に嬉しいと思う自分がいる。

「無理だよ」

「あ……そっか」

 返した言葉に寂しそうに笑った亮太郎がゆっくりと手を下ろす姿を見ながら巡は一歩踏み出した。

(だって、もう……)

 相手を思ってイライラしたりモヤモヤしたり、こんな風にドキドキしたりするのが恋だっていうなら、とっくに始まってる。


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