恋風(こいかぜ)【40】


「あのさ……さっきの話に戻すけど、マジで怒ってねーから」

(一体、なんなのよ)

 どうしてまた話を戻すのか、亮太郎の意図は分からないけれど、口を挟むような雰囲気ではなく、巡は黙って続きを待った。

「俺的にはオッケーっていうか、嬉しいっていうか。まぁこんなことになっちまったから、ダセェはダセェんだよな。本当ならあんな奴らやっつけて、カッコよく助けるのがヒーローの条件だからな。ま……現実はこんなもんだ」

 肩を竦めた亮太郎が手を広げ自分の姿を見下ろし苦笑いを浮かべたが、表情を変えずジッと見ている巡にフッと息を吐いて手を下ろした。

「めぐっぺ、なんか言いたげだな」

「空手、やってるんでしょ?」

「ああ?」

「お兄ちゃんがすごい強いって言ってた。あんなの簡単に倒せちゃうって言ってた」

「空手はケンカの道具じゃないよ。それに……ぶっちゃけ、相手が三人じゃさすがに分が悪い」

 それは違うと思った。

 きっと一人だったら逃げることも追い払うことも簡単に出来たはず、自分がいたから足手纏いになって体を盾にしてまで守らないといけない状況になってしまっただけだと思う。

「じゃあ、逃げれば良かったじゃん」

「そんなこと出来るわけないだろ」

「バカみたい……」

「バカかもなー。でも男なんてものは単純だからな、守るためなら何だって出来るんだよ」

「だからってそんなケガする必要なんかないじゃん! お兄ちゃんが後から来るって分かってたなら、もっとなんか他に方法とかあったんじゃないの?」

 あの時の状況を思い出せばよく分かる。

 あんなことをしてまで守ることなんてなかった、確かに追い詰められてはいたけれど、絶対に逃げ切れないという状況ではなかった。

「めぐっぺは鈍いなー」

 からかうように笑われてカッとした巡だったが、自分に向けられる亮太郎の真剣な眼差しに息を呑んだ。

「大切な女の子ためなら、男は体を張れるんだよ」

「な……何、言って……」

 心臓がドクドク音を立てる。

 今まで感じたことのない胸のざわめきが、心の真ん中から体全身にゆっくりと伝わっていく。

「あ……やっと気付いた?」

 巡の表情の変化に気付いた亮太郎が目を細めて笑う。

 尋に向ける笑顔とは少し違う、今まで自分に向けられた笑顔とも少し違う、なんだかくすぐったくなるような笑い方。

(これじゃあ、まるで……)

 ざわめく心の奥に芽を出した小さな疑問は少しずつ大きくなっていった。

「だって……いつもバカにしたり、お兄ちゃん……とのことからかったりして……」

 その度に自分は怒ってばかりなのに、いつも嬉しそうに笑っているだけだった。

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