2010、夏祭り:-one-31


 淹れたてのコーヒーを口に運びながらメールを読む、いつも通りの気遣う内容にホッとしたようなガッカリしたような複雑な気持ちだ。

 陸がハアと溜息を吐くと、白い皿の上に焼けたばかりのパンケーキを乗せた彰光が笑った。

「美味い飯を前にして溜息を吐くな。ほら、食え」

 そういう彰光も立ったままベーコンを口に運び、陸が行儀良く手を合わせて「いただきます」と言うと顔を綻ばせた。

「……美味い」

「当たり前だ。誰の飯で育ったのか忘れたかー?」

「覚えてます。本当に俺は幸せ者ですよ」

 街をふらついていた自分を誠が見つけてくれていなかったら、今頃はどんな生活をしていたのか分からない。

 同じように水商売に就いていたとしても、駆け出しのホストは食う物や着る物どころか、住む場所にだって困る。

 今の店のように借り上げたアパートを格安で寮として提供してくれれば話は別だが、そうでなければ毎月の収入は間違いなく手元に残らない。

 下働きとして厳しくされたものの、無条件で住まわせてくれた誠や毎日バランスの良い食事を作ってくれた彰光がいたからこそ、今の自分があるのだと確信している。

(感謝してもしきれない。俺は……ちゃんと恩返し出来てるのかな)

 いつまで店で現役として働けるか分からないこそ、働けるうちに精一杯のことをしないと、と思ったが普段の自分のサボリっぷりを思い出して微妙な気持ちになる。

(俺ってやっぱダメだなぁ)

 自分のダメさ加減を流し込むように口に入れたパンケーキをコーヒーで流し込む。

「でも、今の方がもっと幸せだろ?」

 空になったカップにおかわりのコーヒーを注いだ彰光に言われて陸は小さく頷いた。

 誠や彰光には悪いけれど、麻衣と出会ってから麻衣と過ごす日々は本当にかけがえがないほど幸せだ。

「でも……」

 昨日の麻衣を思い出して呟いた陸はフォークを持ったまま溜息を吐く。

「麻衣は……俺が思っているほど幸せじゃないのかもしれない」

「そりゃないだろー」

 即答で否定されて陸は首を横に振った。

「だって! 昨日……男の車に乗ってた」

「なるほど。それが昨夜の原因だったんだな。でもさ、麻衣ちゃんにだって男友達の一人や二人いるだろー? ホストしてるお前が口出ししていい問題でもないんじゃないかー?」

 彰光もちゃん付けで呼ぶんだ、と突っ込みたい気持ちを飲み込んで陸は首を横に振った。

「ただの男友達ならまだしも……幼なじみで今は恋人がいるとはいえ、麻衣のことを好きだった男ですよ! それに俺はちゃんと仕事だって割り切ってるから……」

「それは麻衣ちゃんだって同じじゃないか? ちゃんと相手の男を幼なじみとして割り切って見ているさ」

「そんなの……」

「分からなくても信じてやれ。麻衣ちゃんが毎日どんな気持ちでお前の帰りを待っているのか考えてやれー?」

 腹が立つほど正論過ぎて返す言葉も無かった。

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