2010、夏祭り:-one-29
「学習しなさいね」
振り返ると鍛えられた腕がしっかりとスーツの襟を掴んでいる。
笑っているのに目を冷たく光らせている彰光の顔が怖い。
「……はい」
大人しく言う事を聞いて陸が手を下ろすと彰光も手を離し、少し離れた場所に立っている響にシッシと手を振った。
「お前はもう帰れ」
「でも……」
あんなことを言われても心配そうな視線を陸に向ける響に彰光の目元がようやく笑う。
「子守りなら任せておけ」
いつもなら倍にして文句を言うところだが、さすがに今は何も言い返せない。
迷う素振りを見せる響に陸も「もう大丈夫だから」ともう一度謝ると頷いて帰っていった。
(今度……何かで埋め合わせしないとな)
自分のしたことを振り返り、深く反省していた陸の前に彰光が腰に手を当てて立ちはだかる。
「さて……悪い子にはお仕置きが必要だな」
誠と同様に彰光もこの世界のイロハ、というより社会の厳しさを教えてくれた人だ。
厨房で下働きをしていた頃にはどれだけ怒られたか分からない。
当時のことを思い出した陸は思わず後ずさりをした。
「ほっんと、すんませんでした。俺……もう大丈夫なんで、今日は……か、帰ります」
「そう言うなよ。今夜は誠っちゃんのお守りもないし暇だったんだ。一晩かけてたっぷり可愛がってやるよ」
ニヤリと笑って両手を腰の辺りで手招きする彰光に陸は顔を引き攣らせた。
(響じゃないけど、これは……マジで笑えない)
浮いた話のない彰光、その理由を知らない人は彰光はゲイだと噂しているが、理由を知っている陸はそんな噂を耳にするたびに笑って聞き流していた。
でも今初めて本当じゃないかと疑った。
妙にリアルな手付きと同性の自分でも分かる男の色香が迫ってくる。
(今日は厄日か!?)
ジリジリと逃げながら明日お祓いに行こうかと真剣に考える。
「陸、ほら来いよ」
腰に直接響くような低く甘い声、本当に一瞬だったが身を任せてもいいかもと思ってしまった陸は慌てて首を横に振った。
(しっかりしろ、俺!)
「お……お気遣いなく。じゃあ、俺……帰ります。お疲れっしたー!」
逃げるが勝ちと回れ右をした陸だったが、1歩踏み出す前に首に腕が回された。
「嫌なことなんて全部忘れさせてやるから、一晩中付き合えよ」
後ろから直接耳に吹き込まれて悪寒とは違う何かが背中を駆け抜ける。
「い、いや……あの、マジで……俺そっちの方は……」
これは麻衣の浮気どうこうどころじゃない、自分の貞操の危機だと冷や汗を垂らす陸は目の前で彰光の指が動いていることに気が付いた。
「朝まで寝かせねぇぞー。覚悟しとけー」
見慣れた指の動き、聞きなれた彰光の声、ホッとした陸は腰が抜けたようにその場にへたりこんだ。
「彰さん、ひどいっすよー」
半泣きの陸に彰光は肩を震わせながら「お仕置き終了」と笑った。
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