2010、夏祭り:-one-26
ナビの時計が17:30になると、陸は待ってましたとばかりに、倒していたシートを起こした。
少し先にある工場、隣接した小さな事務所の窓から中の様子が見える。
行ったり来たりしながら、時々楽しそうな笑顔を浮かべる麻衣の姿に、陸は自然と頬を緩めた。
昨夜は帰って来てから久々に麻衣を抱きしめて眠った。
眠そうな麻衣にキスをして、「おやすみ」と言って、柔らかい身体を抱きしめた。
ケンカをしてから同じベッドで眠っていても、二人の間には微妙な距離があって指先すらも触れ合わなかった。
同じ空間にいるのに、言葉も交わさず触れ合うことも出来ず、近くにいるのに誰よりも遠く感じた。
でも今朝からはいつも通り、いやいつもよりも麻衣を近くに感じたくて、離れがたくて会社まで送ったのに、それでも足りなくて仕事へ行く前なのに迎えに来てしまった。
麻衣が怒るから仕事は休まない(本当は休みたくてたまらない)けれど、マンションに送ってキスくらいしたってきっと麻衣は怒らない、と思う。
麻衣が出てくるのを今か今かと待っていた陸は事務所のドアが開くと目を輝かせた。
(あれ……麻衣?)
事務所から出て来た麻衣が何かを探すような素振りを見せている。
「俺、迎えに来るって言ってないよな?」
どうして分かったのか不思議に思ったけれど、それほど気にすることでもないだろうと、陸はシフトレバーに手を掛けた。
(これも愛の力ってやつじゃん?)
だから陸は目を疑った。
麻衣が自分に背を向けて手を振っている、そして麻衣の向こうに見えるのは車にもたれて立っている男の姿。
小走りに掛け寄って親しげに話しかけている男は遠目だったが誰だかハッキリと分かった。
(なんで……アイツが?)
陸は顔を歪ませて二人を睨みつけた。
相手は麻衣の幼なじみ、元ホストという同業者という嫌悪感という意味で警戒したいだけでなく、麻衣に告白どころかプロポーズまでした最警戒人物だ。
(麻衣がもう心配ないっつったって信用出来るか)
恋人が出来たからと手放しで喜べるほど単純じゃない、長い時間掛けて育てられた想いがそう簡単に消えるとは限らない。
麻衣が浮気するとは考えられない、でも理由はどうあれ、自分の知らない所で二人で会っていることも不自然だ。
問い詰める覚悟でアクセルに足を掛けた陸だったが、車が動き出す前に麻衣の姿は車の中へと消えた。
「嘘……だろ?」
一難去ってまた一難。
誰か冗談だと言って欲しい、と呟いた陸はしばらくその場を動くことが出来なかった。
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