2010、夏祭り:-one-23


 もう一人、自分の人生を大きく変えるきっかけにもなった男が目の前にいる。

 さっきまで触っていたノートパソコンを閉じて、綺麗な顔立ちだがつまらなそうな顔をしてこっちを見ている。

「ここにいたって何も解決しないぞ。さっさと帰れ」

「実家に戻ってる」

 土曜の朝に週末は実家で過ごすと言って、出て行っててしまった。

「じゃあ、迎えに行け」

「夜には戻るって言った」

「じゃあ、帰れ」

 壁に掛かった時計を指差され、時間を確認すれば午後9時を少し回ったところだった。

「帰って麻衣がいないとやだ」

「あほか、お前は」

 言われても仕方ない、自分でもそう思っている。

 子供みたいだと分かっていても、割り切れないものは割り切れない。

 空っぽになったグラスに誠秘蔵のウイスキーをなみなみに注ぐ、正面から睨みつける視線は無視して喉を潤した。

「だって、麻衣が悪いんだ」

「もう何度も聞いた。それから、これも何度目になるか分からないが、もう一度言うからしっかり聞け。お前が悪い。帰ってさっさと頭下げて来い」

 誠の言う通り何度目かの同じやり取りに、陸は聞き飽きたと唇を尖らせる。

 席を立とうとしない陸に誠が大きく溜息を吐いた。

「誰が聞いたって、麻衣ちゃんが正論だ。仕事に理解を示してくれる子なんて滅多にいないのに、大事にしないなんて罰が当たるぞ」

「……気に入らない」

「はあ?」

 もう一口、琥珀色の液体を口に含んで、陸は誠を睨み付けた。

「なんでちゃん付けで呼ぶんすか」

「何だって?」

「麻衣のこと。前から言おう言おうと思ってたんですけど、どうして麻衣のことだけちゃん付けで呼ぶのか、理由を説明してくらさい!」

「おまえ、酔ってんのか?」

「ホストがこのくらいで酔うわけないじゃらいれすか!」

 言ってグラスの残りをすべて喉へ流し込むと、手の中からグラスを取り上げられて代わりにミネラルウォーターのペットボトルを握らされた。

「まったく、困ったやつだな。こんな所で管を巻いている暇があるなら。自分の帰るべき場所へ帰れ。ここにいても何も解決しないだろうが」

(そんなの、分かってる。分かってるけど……)

 よく冷えたミネラルウォーターを口に含めば、頭の中が少しクリアになっていくのを感じた。

「さっきの質問に答えてやるから、それを聞いたらさっさと帰れ」

 ムッとして顔を上げると呆れた顔の誠が残り少なくなったウイスキーをグラスに注ぎながら答えた。

「年齢に関係なく“ちゃん”が似合う可愛い女性だからだよ。それを一番知っているのはお前じゃないのか」

「そうっすよ。麻衣は可愛い、すげー可愛い。可愛いのに可愛くないことばっかり言う、でもそんなとこもすげー……好き」

 ペットボトルを握りしめたまま、陸は最後は消えそうな声で呟いてうな垂れた。

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