2010、夏祭り:-one-17
久しぶりに実家で迎えた朝、目が覚めて太陽の高さに驚いた。
すでに気温の上がっている中、居間へと下りて行くと二人の姿はなく、隣の和室から声が聞こえて来た。
「おはよう」
パジャマ姿で声を掛ける麻衣に竜之介が意地悪い笑みを向けた。
「いい年した女がいつまでも寝てるじゃねぇよ」
「別に休みだからいいじゃん。それより……何やってるの?」
これ以上ブツブツ言われたくないと、麻衣は話の矛先を変えた。
和室に広げられている浴衣を前に、今朝も変わらず穏やかな笑顔を見せる美紀が顔を上げた。
「今年はね、久しぶりに浴衣を新調したのよ」
言いながら広げた男物の浴衣は、確かに見覚えの無い柄で、ハンガーに掛ける母の横顔はとても嬉しそう。
「竜ちゃんの、素敵でしょう? 私が選んだのよ」
誇らしげに浴衣を見せる美紀を見つめる竜之介の瞳には愛しさが溢れている。
いつ見ても仲の良い両親は羨ましいというより、不思議で仕方ない。
二人がケンカしている所を見た事ないけれど、その秘訣を聞けばきっと昨夜と同じことを返されるに決まっている。
「それでね。これ……あなた達に着てもらおうと思うの」
「それは……お父ちゃんとお母ちゃんが着てたのだよね?」
たとう紙に包まれた浴衣は見覚えのある柄、両方とも絞りで紺色に涼しげな団扇の柄と、黒地に勇ましい竜神の柄。
「若い頃に母が仕立ててくれたのよ。ねぇ、竜ちゃん」
「ああ、今でも忘れないな。この柄がいいって言った時の美紀の義母さんの顔」
もう亡くなっているけれど、祖母から二人の……特に父の話を聞かされていた麻衣は何となく想像出来て笑った。
「さすがに、もう……ねぇ?」
美紀の含んだ言い方に納得して、ハンガーに掛けられた同じ絞りでもシンプルな黒の矢絣を眺めた。
「美紀が大事にしまってきたからまだ十分着られる。捨てるのはもったいないし、お前らが着てくれたらと、思ってな」
嬉しいと素直に口に出来ない自分が少し嫌になる。
「何が原因か知らないけれど、こじれてしまう前に仲直りしなさいね」
「う……ん」
歯切れの悪い返事に二人が困ったように顔を見合わせていたけれど見ないフリをした。
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