2010、夏祭り:-one-16


「そんなこと麻衣に言われなくても分かってるよ! だから彼女達には俺が出来る精一杯のことを返してるよ!」

 それは嫌というほど知っている。

 陸は貢がせるだけのホストとは違う、誕生日には客が使う金額と同等のプレゼントを渡し、店に招待してその日は決して他の子のテーブルには座らない。

 誕生日には最高のおもてなしを、夢を見せるのがホストの仕事という店の方針、それを誰よりも実行に移している。

それ以外でも電話やメールを欠かさないことも知っている、決して自分の前ではしないけれど、細やかな気遣いがあるからこそ陸はナンバーワンという位置をキープ出来ているのだと思う。

 言ってはいけないことを言ってしまった。

 気付いてもすぐに訂正も謝罪も出来ない、それよりも陸が口を挟む隙を与えてくれなかった。

「それにワガママって何!? それ本気で言ってるわけ?」

「り、陸」

「夏祭りは日曜日なんだよ? 日曜日は二人で過ごすんだろ? そうしたいって思うのがワガママ? 麻衣は俺が客とデートすればいいって言うんだ」

「だ、だって……仕事だから仕方ないでしょ?」

 勢いに気圧されてしまった。

 このままではいけないなと直感的に感じても、怒る陸を宥めることは出来そうになく、事態はさらに悪化していった。

「仕事だから仕方ない。麻衣はいつもそう言うけど、じゃあ俺が仕事だから仕方ないって客とキスしたり寝たりしても平気なわけ?」

 平気なわけがない、本当は陸が自分以外の女性に優しくする所は目にしたくない。

 でも、陸の仕事だからと思っているし、必ず自分を一番に想ってくれていると分かっているからこそ送り出すことが出来ている。

 麻衣は頭の中で何かが弾けたのを感じた。

「それが仕事で必要なことなら仕方ないんじゃないの? それを決めるのは陸でしょ」

「はあ? マジで言ってんの?」

 売り言葉に買い言葉で、本気のわけがなかった。

「仕事に遅れちゃうから」

 話を終わらせたい一心でそう切り出した麻衣が立ち上がると、陸は座ったまま麻衣を睨みつけた。

「まだ、話終わってないじゃん」

「どれだけ話しても答えは同じ。私はこのお金は絶対に受け取らないし、イベント期間中はお店にも顔を出さないから」

「それは俺に他の女の子とデートしろってこと?」

 こんなやり取りは初めてじゃない、その度に素直にならなくちゃとは思うのだけれど……。

 答えずに麻衣は食器を持ってキッチンへ下がった。

(陸のバカ、何で分からないの? バカバカバカ……)


「麻衣? 天ぷらの粉はそんなにグルグル掻き回すものじゃないわよ」

「……え?」

 麻衣はハッとして顔を上げると、隣に並んでいる美紀が苦笑いしていることに気が付いた。

 食事の支度を手伝っている途中だったと思い出して麻衣も苦笑いになる。

 あの日以来、陸とのケンカは続いていて、それが嫌で逃げ出して来てしまった。

「もう、どうしてこうなっちゃうのかなぁ」

 ようやく口に出来たボヤキに油の温度を確認している美紀が答えた。

「素直じゃないからでしょう? ほら……何て言うの、今流行りの……“ツンデレ”? ツンツンしてても可愛い所もないとダメなのよ」

(ツンデレ……って、私そういうキャラじゃないし)

 鼻歌を歌いながら天ぷらを揚げ始めた美紀の横で、麻衣は言葉もなくうな垂れた。

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