2010、夏祭り:-one-15
陸の説明を聞きながら、麻衣はいつ話を遮ろうかと考えていた。
八歳年下の恋人――職業・ホスト――は、またとんでもない「お願い」をしてきたのだった。
「ね、お願い」
顔の前で手を合わせて首を横に傾げる姿は、免疫のある麻衣でもドキッとしてしまう。
(この笑顔に騙されちゃダメ)
麻衣は気持ちを強く持って首を横に振ってきっぱりと否定した。
「ダメ、絶対にダメ」
「なんで!?」
信じられないという顔で聞き返す陸に、麻衣は自分の方が信じられないと目を剥いた。
陸の口にしたお願いは“また”店のイベント絡みだった。
今週末にある市内ではかなり大きい夏祭りへの店外デートを掛けて、三日間の売上げを競うというもの。
聞いた説明によれば、後日払う売掛(いわゆるツケ)はNGで、純粋な現金のみの売上げでお目当てのホストと夏祭りデートをゲットしなくてはいけないらしい。
(誠さんって、なんていうか色々すごい)
いつもいつも驚かされてばかり、今回のイベントも間違いなく売上げが跳ね上がるはず、しかもイベント目的の子は、みんながニコニコ現金払いというから、店にとってこれ以上嬉しいことはないと思う。
変な所で感心していた麻衣はハッと気付いて首を横に振った。
「そういうヤラセみたいなのは絶対によくない!」
「ヤラセじゃないよ。だって麻衣だって現金で払うんだもん」
プウと頬を膨らませる陸はすでにご機嫌斜めになり始めている。
「ヤラセでしょ? これは私のお金じゃないでしょ」
「麻衣は俺の奥さんになる人だから、俺の稼いだ金は麻衣のものでもあるんだよ!」
その気持ちは嬉しいけれど、金額が金額だけに素直に受け取れないし、そうじゃなかったとしてもこれは決して頷いてはいけないと思った。
「陸はお客さんの気持ち、考えてるの?」
「え?」
「みんな陸とデートがしたくて、自分が働いたお金を使ってくれるんだよ? それなのに陸は自分のワガママのために、こういうこと出来るの?」
(あ……少し言い過ぎちゃったかな)
言い終わってから「しまった」と思ったけれど、口から出てしまった言葉は二度と戻らない。
もう何度も学習してきた「後悔先に立たず」を再び味わう気配が漂う。
「なに、それ」
膨れるを通り越して、無表情になった陸の低い声、不機嫌が怒りに変わった瞬間だった。
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