2010、夏祭り:-one-13


 両親の前で笑顔を見せても、心中は決して穏やかではなかった。

 事の起こりは二日前、木曜日の朝のことだった。

 出勤前、慌しく支度をして朝食を取っていた麻衣は起きてきた陸に顔を上げた。

「おはよ、陸」

「おはよー、麻衣」

 まだ眠そうな顔をしている陸から頬へのキスを受け止めて、麻衣は微笑みながら立ち上がると野菜ジュースをコップに注いで陸の前に置いた。

「陸、それ……何?」

 テーブルの上に置かれている厚みのある封筒が目に留まり麻衣は首を傾げた。

 陸は野菜ジュースを半分ほど飲むと、珍しく真剣な顔をして口を開いた。

「麻衣にお願いがあるんだ」

 こんな風に言われたことがあまりない麻衣は面食らった。

 真剣な表情、重たい口調、麻衣は朝食の手を止めて陸を見た。

 思い詰めているようにも見える陸の表情に緊張を隠せない麻衣は、陸が封筒の中身を出すのを固唾を呑んで見守る。

「……え?」

 封筒から出て来た物に麻衣は思わず声を上げた。

 それは綺麗に帯が掛けられた紙幣、その帯の数は一瞬見ただけでは数えられず、無言の陸の手に寄って麻衣の前に積み上げられた。

(た、高い……)

 色んな意味で「高く」積み上げられた紙幣に麻衣は喉を鳴らした。

 生まれて初めて見る金額、目で追って数えた紙幣は全部で十束ある。

「り、陸……こ、こ、こ……れ……」

 驚きが隠せない麻衣とは違い、普段から見慣れているせいか、大して気にしていないように見える陸が頭を下げた。

「り……く?」

「何も言わず受け取って」

 紙幣の山の向こうに見える陸の頭、テーブルに額を付けそうな勢いで頭を下げる陸に、麻衣の頭は真っ白になった。

(ど……いうこと?)

 事態を把握しようと止まってしまった思考を動かそうとして、麻衣はこの光景に既視感を覚えた。

 一体どこで見たんだろうと、思い出そうとした麻衣の頭に浮かんだのは、昨夜のドラマのワンシーン。

 金持ちの男が愛人へ手切れ金を渡すシーンだった。

(そんな……まさか……)

 信じがたい現実だけれど、それ以外にこんな大金を受け取る理由のない麻衣は絶句した。

 気が付かないうちに自分は陸にとって邪魔な存在になってしまったんだろうか。

 しかもこんな風に金銭で終わりにされなくてはいけないような関係だったんだろうか。

 どうしても受け入れ難い現実、呆然としていた麻衣だったが、震える手で紙幣の山を押し返した。

「受け取れない……よ」

 陸が別れたいというのなら、悲しいけれど受け入れるしかない。

 こんなことをされるのは、普通に別れるよりもずっと悲しい。

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