2010、夏祭り:-one-12


 西に傾いた太陽がまだ熱い地面に濃く長い影を落とし、風鈴が忘れてしまった役目を思い出すように時々ちりんと鳴る。

 小さい頃から見慣れた庭のほとんどが影に覆われ、真昼の暑さから開放された草木がホッと息を吐いているみたいだ。

 麻衣は庭に面した窓に腰掛けて、一日を終えて閉じてしまった朝顔の花を見ていた。

 傍らに置いた麦茶のグラスは氷が溶けて、床には小さな水溜りを作っている。

「面白いもんでもあるか?」

「あ、お父ちゃん」

 後ろから声を掛けられて振り向けば、片手に蚊取り線香を持った竜之介が「よいしょ」と隣に腰掛けた。

 竜之介はタバコを一本取り出して、蚊取り線香から火を取り一服してから、足元の皿に蚊取り線香を置いた。

「朝顔、明日も咲きそうだよ」

 麻衣は「ほら、こことここ」と、今にも開きそうに膨らんだ蕾を指差した。

「そりゃ楽しみだな」

 それだけ言うと、竜之介も黙ったまま庭へと視線を向ける。

 キッチンからは食事の支度をする音、それ以外の音はない、静かすぎる空間に自分以外の誰かがいることに耐え切れず、麻衣はぽつりと呟いた。

「何も聞かないの?」

「娘が家に帰って来るのに、理由を聞く親がいるか?」

「そっか」

 何か聞かれても上手く答えられる自信がなかったからホッとした。

 久しぶりの実家への帰宅は電車だった。

 一時間以上も電車に揺られ、さらに駅から15分歩いて、昼過ぎに家に着いた頃には汗だくになっていた。

 挨拶もそこそこにシャワーを浴びて、手作りだというわらび餅を食べた後は、何もせずボンヤリしている。

(電話、一回も鳴らないし)

 初めは連絡なんて来ない方がいいと、携帯の電源を切っていたけれど、時間が経つにつれ気になってしまい、結局電源を入れたものの留守電どころか、メールの一通も来ていないことが余計に気持ちを重くさせた。

(でも……こっちからは絶対に連絡したくない)

 思い出してむすっとする麻衣の横で立ち上がった竜之介が麻衣の頭を撫でた。

「とりあえず、美紀の手伝いしてやれ」

 何かあったからここにいると分かっているはずなのに、何も聞かずいつものように迎えてくれる両親に感謝して、麻衣は黙って頷いた。

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