2010、夏祭り:意地悪な恋28
悪いことを言われたわけじゃない、和真自身がどう思っているかは分からないけれど、少なくとも二人は一緒にいることを喜んでくれている。
かのこは静かに喜びを噛みしめ、初乃に続いて遊歩道へと下りていくと、和真と真尋の二人が微妙な距離を取って立っている。
「お待たせー」
初乃が声を掛けると先に動いた真尋がかのこのそばへやって来て大げさに手を横に広げ感嘆の声を上げた。
「いいねー! 浴衣姿なんて初乃で見飽きているけど、これはこれはとても可愛らしい」
白々しいほどの言葉にどうも素直に喜ぶことが出来ない、そして何より遠巻きに見ている和真の視線が気になってしまう。。
「もう兄さまったら! そういうのはまず和真に言わせないとダメじゃない」
「ああ、そうだな。でもあんな仏頂面では気の利いた言葉の一つも出て来ないんじゃないか?」
真尋が芝居がかった仕草で和真の方を向けば和真は視線を避けるように背を向け舌打ちをする。
なんかすごい険悪なんだけど……。
殺伐とした空気に二人を交互に見やるかのこの横で、ただ一人朗らかに笑う初乃が二人の間に立った。
「やあね、兄さま。和真はああ見えて結構シャイなのよ。心で思っていても口に出せない恥ずかしがり屋さんなの」
恥ずかしがり屋という言葉に吹き出しそうになったかのこは、両手で口を押さえ堪えていると怒り心頭の和真に大きな声で呼ばれた。
「かのこ、来いっ!」
「は……はいっ」
「かのこちゃん、本当に和真でいいのかい? 顔が好みなら俺にしておいたらどうかな。和真よりもずっと優しくしてあげるよ」
「い、いえ……あの……っ」
目が眩むような笑みで近寄られ、逃げ腰になったかのこは強く腕を引かれた。
「さっさと来いっ!」
「和真、待って!」
強く捕まれた腕の痛さに声を上げても、和真は腕を引いたまま歩みを止めない。
「こらこら。女の子はもっと大切にしてあげないとだめじゃないかー」
後ろから聞こえてくる真尋の楽しそうな声、かのこは振り返ろうとしたが和真の手がそうさせなかった。
なんか……ちょっと可愛い、かも。
頭の回転が速くて、いつも冷静で仕事が出来て、ブランド物のスーツを素敵に着こなして、どこから見ても大人の男性のはずなのに、まるで子供みたいだ。
「くそ……、なんだってこんな目に合わなきゃいけないんだ」
イライラとした和真の独り言はかろうじてかのこの耳に届く。
さっきの嬉しいと言われた意味が何となく分かったような気がした。
「早く歩け! このままじゃ二人に邪魔される」
「邪魔って……帰るんじゃないの?」
「夏祭りに行きたかったんじゃないのか?」
「い、いいの……?」
足を緩めることはなく、忙しない足音の中で和真が少しだけ意地悪な笑みを見せた。
「俺は今すぐ帰りたい。もういいなら、さっさと帰……」
「行きたい! 一緒に行くっ!」
気が変わったら困ると言葉を遮るように答えるかのこの声の後、追いかけてくる楽しそうな声が続いた。
「そうよねー。みんなで一緒に行きましょー」
ずっと夢だった恋人と二人きりの夏祭りはどうやらもう少し先になりそうです。
end
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