2010、夏祭り:意地悪な恋27


 振り返った和真はかのこも初めて見る複雑そうな表情を浮かべていた。

「和真、どうして……本部長や、初乃さんが……」

「まさかアイツが来るとは思わなかった、悪かったな」

 質問の答えになっていなかった。

 初乃が来た理由さえも分からないかのこはまずそのことを説明して欲しいと思ったが、それは和真の口から聞くまでもなかった。

「はい、それじゃあ殿方二人は離れて離れて」

 今にも兄弟喧嘩を始めそうな二人をこの場から追い立てる初乃、不安を隠し切れないかのこに和真は「もう大丈夫だ」と声を掛けた。

 言い合いをしながら遊歩道へ向かう二人の背中を目で追い、初乃と二人きりになったかのこは気まずさに身体を小さくさせる。

「あ、あの……私……」

 恥ずかしさのあまり言葉が出て来ないかのこに初乃は首を横に振った。

 会ったことはあっても、二人きりで話したことは一度もない。

 そんな相手と何があったか一目瞭然の格好をしているかのこの緊張は最高潮に達した。

「ごめんなさいね。きっと和真が無理強いしたんでしょう?」

 初乃は真尋のように余計なことは口にしなかった。

 あえてそうしているのかたまたまだったのか、初乃は俯くかのこの顔を覗き込むことはせず、慣れた手つきで浴衣を直し始めた。

 浴衣を直し終えると乱れてしまった髪も整えてくれた初乃に、かのこはようやく顔を上げて深々と頭を下げた。

「あ……りがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」

「……え?」

 顔を上げると初乃は綺麗な顔立ちに楽しそうな笑みを浮かべていた。

 嫌味の一つを言われても仕方ない状況で、どうしてお礼を言われたのか分からなかった。

 困惑するかのこに初乃は花のような笑顔を浮かべたままかのこを促して歩き始めた。

「和真を人間らしくしてくれて」

「どういう……意味、ですか?」

「それは……私の口からは言えないけれど、あなたと出会ってからの和真を見ているだけで私も兄さまも嬉しくて仕方ないの」

 それだけ言うと初乃は背を向けて先に小道を降りて行ってしまった。

 人間らしく……?

 和真は確かにカッコよくて仕事も出来て完璧だとは思うけど、色々な意味で本能に忠実で人間というより動物的だと思うことはある。

 そういう意味で人間らしく、ということなら出会う前の和真はもっと野生的で動物だったか、もしくはその逆でまるでロボットのように感情がなかったとか……。

 想像してかのこは首を横に振った。

 感情の無いロボットのような和真なんて想像出来るわけがない、知り合ってからずっと火傷しそうな熱さで翻弄され続けている。

 知らない和真がいるのかもしれないと思うと気にはなるけれど、あの感じではきっと聞いても教えてもらえそうになかった。

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