2010、夏祭り:意地悪な恋14
いつもの和真に戻ってくれたことが嬉しくて、そのまま背中に手を回してギュッと抱き着いた。
和真の手が背中を抱いてくれるのを待ってから、かのこはぽそりと呟いた。
「さっきの和真、すごく怖かった」
責めるつもりはなかったけれど、もう二度とあんな思いをしたくない、だから本当に怖かったことを知っていて欲しかった。
「お前が悪い」
まったく悪びれた様子を見せない和真に、これでは堂々めぐりだと思いつつも、顔を上げて非難の視線を向けた。
「だから、さっきのは変な人に絡まれて、そしたら変な人のボスみたいな人が来て、助けてくれ――」
「夏目みたいな彼氏が欲しい、だったか?」
「……え?」
割り込んできた和真の言葉に頭の中には?マークが浮かんだ。
夏目という単語が職場の「夏目さん」に結びつくまで少し時間が掛かった。
「どうして夏目さんが出てくる、……あ」
思い出したのは数日前の昼休みの会話、そういえばそんな言葉を口にした覚えがあった。
まさか……というかほぼ確信を持って、恐る恐る顔を上げたかのこは確認をした。
「聞、いて……たの?」
「聞かれていないと思う理由があるなら聞いてみたいがな」
確かに和真の言う通り、誰でも入れるオープンな場所、夏目さんが顔を見せたとおり、部署の人が普通に行き交う場所。
「もしかして、それで……」
その後の言葉は呑み込んだ、じろりと睨む和真の視線が呑み込ませた。
怒っていたんだ、ヤキモチを妬いてくれたのかもしれない、それで……それで……もしかしたら拗ねていたりしたのかもしれない、そう思うと涙の残る顔に笑みが浮かんだ。
「楽しそうだな」
慌てて笑みを消そうとしたけれど、不愉快と顔に書いている和真と目が合ってしまった。
不謹慎だと思うのに不愉快そうに顔を歪めている和真さえも嬉しくて、我慢しようとすればすれほど口元は綻んでいく。
「違う、からね?」
笑いを押し殺しながら言った言葉に、和真はますます嫌そうな顔を見せた。
「当然だろ」
自信たっぷりに唇の端を上げて笑う和真が手を伸ばして、涙の跡に指で触れながら頬を撫でると二人の距離が自然と縮まる。
恋人がいなかった頃、ドラマのキスシーンを見ながら、演技ではなく現実ではキスをするタイミングはどうするのか考えたことがある。
早く目を瞑り過ぎたりしてしまったら恥ずかしいとか、唇は閉じるだけなのかそれともしやすいように突き出すものなのか、そんなことを考えたりもした。
そんな疑問はすべて実際に恋人が出来て解決した、キスは思い合う二人なら自然と引き寄せられるもので、自分がして欲しいと思う時は相手もしたいと思ってくれている。
キスの種類はその時の雰囲気で、相手がリードしてくれて、恥ずかしくてもそれに応えることで、もっと素敵なキスに変化することも知った。
ゆっくりと近付いた和真の顔、唇が触れるギリギリまで和真を見ていたくて、開いていた瞳を和真が手で覆った。
「キスの時は目を閉じろと教えなかったか?」
そう言って重なった唇はいつもより熱い気がした。
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