2010、夏祭り:意地悪な恋13


 小さな外灯が1本だけの薄暗さは怖い、離れた場所の祭りの賑わいが聞こえてくるからいいけれど、それがなければとてもこんな場所にはいられない。

 かのこはゆっくりと和真へと近付いた。

 顔色一つ変えず、涼しい顔をしてタバコを取り出す横顔、何を考えているのか分からない瞳にライターの炎が映り込む。

「和真、あのね……」

 さっきのは違うの、と言おうと思ったのに不意に向けられた和真の視線の鋭さに息を呑んだ。

 どんなに意地悪なことを言っても、いつも和真の瞳はからかっていると分かるか、どこか優しく笑っている。

 でも、今は違う。

 冷たく向けられた視線は軽蔑の色が濃く、またさっきのような言葉を向けられるのかと思って不安になる。

 不安になると同時に少しだけ憤りを感じた。

 自分は和真に何かを疑われるようなことはしていない、一人で夏祭りに来たのは多分……意地だったんだと思う。

 本当は和真と一緒に来たかった、何もしなくていい、ただ手を繋いで一緒に屋台を見て回って、花火を見たいと思っただけ。

「お前がそこまで男好きとはな」

 タバコの煙を吐き出しながら背を向ける和真が口にしたのは嘲笑交じりの言葉。

 かのこは自分の中で何かが弾けたのを感じた次の瞬間、手にしていた小さなカゴバッグを和真の背中へ投げ付けた。

「な……っ!」

 驚きで目を見開いた和真が振り返り、落ちたバッグの中身は地面に散らばった。

 不機嫌な顔をする和真も、暗闇に散らばった荷物も今はまったく気にならない、ただ爆発した感情の波が口から飛び出した。

「ひどいよ! 私はただ一緒に夏祭りに行きたかっただけなのに! 浴衣だって和真に見て欲しくて買ったのに!」

 涙がボロボロと零れる。

 堪えようと浴衣を握り締めて、手にはまださっきのハンカチを持っていることに気付いたけれど、それも手の中でギュッと握り締めて思いの丈を叫んだ。

「和真だけが好きなのに! 可愛い浴衣着ても、綺麗な花火が上がっても、和真が一緒じゃなきゃ楽しくなく……って」

 こんなに好きで好きで、どうしようもないと思うくらい好きなのに、どうして分かってくれないんだろう。

 悲しいよりも悔しくて、本当はこんなことで泣きたくないのに、涙は後から後から溢れてくる。

「……かのこ」

 涙の向こうに近づいて来る和真の姿が目の前で止まり、まるでモデルのように綺麗な立ち姿に握っていた拳を振り下ろした。

 両手を交互に振り下ろしてもビクともしない和真は抵抗も見せない。

 何も反応がない和真にかのこは手を振り下ろしたままの状態で俯いた。

「ひどい、ひどい……よ! 和真がいてくれなくちゃ、やだって、だっから……もう、帰……う、って……思っ――」

 和真のコロンの香りが強くなって、それから肩に置かれた手、驚いて上げた顔はさらりとした感触のシャツに押し付けられた。

「悪かった」

 信じられない言葉を耳にした。

 幻聴かもしれないと確認したくて顔を上げようとしても、和真の手が頭を押さえていて身動きが取れない。

「意地悪が過ぎた」

 耳の側から聞こえた和真の低く小さな声はいつもの自信に溢れたものではなかった。

 シャツ越しに伝わる和真の鼓動が少しだけ早いような気がして、居ても立ってもいられず腕を抜け出して顔を上げた。

「か……ずま?」

「ったく、お前は泣きすぎだ」

 呆れる声、見下ろす瞳もさっきの鋭さはなく、肩から離れた手が濡れた頬を拭ってくれた。

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