2010、夏祭り:意地悪な恋12


 固まってしまった身体、足は地面に縫い付けられてしまったみたいに動かない。

 雑多な夏祭りの中に浮かび上がる和真の姿、まるでキラキラと輝くビー玉の中に一つだけ特別な輝きを放つ宝石みたい。

 シャツにジャケット姿、おまけにすごい怖い顔をして、明らかにこの場から浮いていると分かるのに、……どうしてかな、やっぱり和真のことが好きだからかな、ドキドキして今すぐ駆け寄ってあの胸に飛び込みたくて堪らない。

 でも、足が動かない。

 和真を見つけた驚きで動けなくなっていたかのこだったが、背に当てられた手の温もりに指先がピクリと動いた。

「俺の娘にもよく言うんだが、女の子は素直が一番だよ。さあ、行きなさい」

 ゆっくりと背中を押されると足が一歩前に出た。

 背中を押してくれた男性に振り返ってもう一度「ありがとう」と言いたかったのに、動き出した足は止まらず和真から視線も逸らすことは出来なかった。

 賑やかだった声がゆっくりと遠ざかっていく、かのこは心の中でお礼を言いながら少しずつ歩調を早くした。

 和真へと近付くにつれ、大きくなる胸の鼓動、半ば駆け出してすぐ側へと歩み寄った。

「和真……」

 ドキドキしすぎて上手く言葉にならなくて、名前を呼ぶだけが精一杯だった。

 屋台の甘い匂いや香ばしい匂いに混じって、和真のコロンが優しく香る。

「わざわざそんな物を着て男漁りか、邪魔したみたいだな」

 ジッと自分を見下ろす和真の口からどんな言葉が出るのか、待っていたかのこは浴びせられた言葉に息を呑んだ。

 なんで、どうして……。

 生まれて初めて自分で浴衣を買った、高いわけじゃないし量販店の物だから同じ浴衣を着ている子は他にもいる、でも選ぶ時には和真が喜んでくれるかとか、和真ならどんな色や柄が好きだろうとか、そんなことばかり頭に浮かべていた。

「和真、待って……」

 それ以上何も言わず踵を返して歩き始めた和真をかのこは慌てて追った。

 向かって来る人の波などものともせず、早足で立ち去っていく和真、対してかのこは普段着慣れない着物と履き慣れない下駄のせいで、思うように進むことが出来なかった。

「待って、待っ……、すみません」

 足元を気にしながら小走りになっていたかのこは何度もすれ違う人と何度も肩をぶつけ、その度に頭を下げながら少しずつ遠ざかっていく和真の後ろ姿を追い掛ける。

 見失わないように前だけを向いて、 鼻緒が食い込む痛さも構わず、夢中で追いかけていたかのこは、いつの間にか自分が屋台が並ぶ賑やかな場所から外れていることに気が付いた。

「か……っずま!」

 自分の息づかいもハッキリと耳に届く、夏祭りの会場である公園のどこかということだけは分かる、細い遊歩道を進んでいた和真が急に脇道へと逸れた。

 姿を見失わないように慌てて走り、小高い丘へと続く間隔の狭い自然の階段を駆ける。

 息が上がり胸が苦しくなった頃、少し広い場所へと出て和真もそこに立っていた。

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