2010、夏祭り:意地悪な恋10
「まるで俺が無理強いしてるみたいじゃね?」
不機嫌な男の声に「してる」とは言えず、不自然に視線を泳がせた。
こんなことが和真に知られたら何を言われるか分からないし、何をされるか分からないけど、それでもいいから助けに来て欲しい。
自力で逃げる方法を考えなくてはいけない状況なのに、頭に浮かぶのは和真のことばかり。
どんな時だって和真は私を助けてくれるのに……どうして今日は来てくれないの?
和真が聞いたら「ふざけるな」と言われそうだが、ここに和真がいてくれないことを責めずにはいられなかった。
「おいおい、何してんだ?」
聞こえてきた低音ボイスは和真の声ではなかったけれど、自分達に向けられたものだと気付いて、かのこは感激しながら振り返った。
そこに立っていたのは浴衣姿の渋めの年配の男性、そして後ろには自分を離そうとしない男と似たりよったりの若い男達が数人。
てっきり助けてくれる人が現れたと思っていたかのこは、男性の後ろに立っている若い男達の姿を見て嫌な予感がした。
「アキラー、何やってる? あれだけはぐれるなと言ったのに、お前って奴は……」
男性の言葉に嫌な予感は的中して、かのこは絶望的な気持ちになった。
仲間……、しかも男の人がいっぱい、おまけに私は一人で、か弱い女の子だし、夏の夜は危険がいっぱいで、これってなんかものすごくマズイ状況、だよね。
「竜さーん! どこ行ってたんすかー。俺、すげー探したんすよー」
まったく離れる気配のなかった男はパッと離れると男性の方へと走り寄って行った。
あ……これって、もしかしてチャンス?
「それはこっちのセリフだ。酔っ払ったままフラフラ歩くな。ったく心配させやがって」
まるで子供のように甘える男を竜さんと呼ばれた男性はあやすように頭を撫でる。
彼らの意識が自分から離れたことを確認して、かのこは気付かれないようにゆっくりと後ずさりを始めた。
相手は大勢いるけれど駅まで逃げることが出来たらきっと大丈夫。
震えそうな足が少し不安だけれど、こういう危機的状況ならきっと驚く力を発揮するような気がした。
足を擦るようにゆっくりと下がり、少し離れた所で回れ右をしようとしたかのこだったが、それに気が付いた年配の男性と目が合ってしまった。
ジッとかのこをみつめる男性は甘えていた男を後ろの若い男達に任せるとゆっくりと近づいて来る。
ああ……もう終わりだ。
若い男達を取り纏めるような、そんな存在感のある男性が集団のリーダーであることはきっと間違いない。
この人の機嫌を損ねてしまったら、私はきっとこの人達に酷い目に合わされるんだ。
今まで感じたことのない恐怖と、息が止まりそうなほどの緊張感、自分の目の前で足を止めた男性の真っ直ぐ向けられる視線、いっそのこと気を失ってしまえたらいいのにと思ってしまう。
身体を屈めた男性に顔を覗き込まれ、一気に高まった緊張感。
もう、ダメだ……。
「ごめんね。嫌なことされなかったかな?」
想像していたものとは違う、見た目よりもずっとずっと優しい声、そして気遣ってくれていると分かる心配そうな視線、かのこは信じられない思いで男性を見た。
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