2010、夏祭り:意地悪な恋9


 あれは確か春だった、会社のみんなとお花見に来た時もこんな風に酔っ払いに絡まれたんだ。

 どうして自分はいつもこうなのかと落ち込んだが、もしかしたらこの後に王子様のように和真が来て……。

 途中まで想像したところで悲しくなるから続きを想像することは止めた。

 さすがに今回は和真はここに来ていない、それに知り合いもいないから一人でどうにかするしかなかった。

「あの……私、友達と待ち合わせをしているので」

 こんな常套句しか思い浮かばなかったが、そもそもナンパの経験はほとんどなく、こういう時のあしらい方を知らないことが悲しい。

「じゃあ待ち合わせ場所まで一緒に行こうか?」

 男の方がよほど手馴れている感が伝わってきてかのこは焦った。

「駅の方かな? それとも反対側? あ……さっきのお詫びになんか奢るよ。カキ氷、好き?」

「あ……いえ、私は……」

 すっかり男のペースにはまってしまい、かのこは助けを求めるように視線を彷徨わせた。

 誰一人として自分が困っていることに気付いている人いない、あまり認めたくはないけれど、周りから見たらカップルがイチャついているようにしか見えないのかもしれない。

 本当に危なくなったら走って逃げるしかないかも、これだけ大勢の人がいる場所なら変なことされないだろうし、なるべく人気のない所は避けるようにして……。

「んー可愛いなぁ。遠慮なんかしなくていいって。カキ氷はやめてたこ焼きにする? 女の子がたこ焼き食べてる姿って俺、好き」

 男がたこ焼きの屋台を探して歩き始める。

 たこ焼きを食べる姿が好き、ってどんなマニアックな人?

 違う違う、そんなことに関心してる場合じゃない。

「あの、本当にたこ焼きもカキ氷もいらないんで……その、なんていうか……」

 手を離して下さいとハッキリ言えずにモジモジしていると、男の手は慣れるどころかますます力強くなった。

「あれ……可愛い顔して意外と積極的なんだ。そういう子も嫌いじゃないよ。じゃあ、俺も張り切って打ち上げちゃおうかなぁ」

「う、打ち上げる?」

「俺の大筒は連続発射可能だから。今夜は二人きりでスターマイン、オッケー?」

 意味が分からなくてつい素で聞き返してしまったことに激しく後悔しても後の祭り、男が言わんとすることを察してかのこのは青ざめた。

「ノー、スターマイン! ノー、ノー!」

 パニックした頭でそう叫ぶと男はますます嬉しそうにニヤニヤした顔を近づける。

「デカイ一発が好きなの? 大丈夫、大丈夫。俺のは大筒だから」

 一体何が大丈夫なのか、そもそも大筒って何?と泣きそうになりながら、本格的に危なくなってきたことでかのこはいよいよ泣き出しそうに顔を歪めた。

 こんなことなら……あっくんに付いて来て貰えば良かった、ううん……そもそも一人でこんな場所に来た私が悪い。

 周りにはこんなに大勢の人がいるのに、自分を知っている人が一人もいないことが、どうしようもないほど不安だ。

「あの、私……用事を思い出したので、すみません。離して下さい」

 やっと言えた……。

 花火の音に掻き消されそうなほど小さな声になってしまったけれど、勇気を出して言えたことにホッとしたが、それも束の間で男の顔が不機嫌そうに変わる。

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