2010、夏祭り:意地悪な恋7
何の進展のないまま迎えた週末、かのこは実家へと向かう車の中にいた。
「ねーちゃん、やっぱりバイト休もうか?」
「ダメよ! 店長さんに頼まれてるんでしょ?」
「でも……夏祭り一人で行くって本気?」
「な、何よ……別に一人で行っちゃいけないって決まりないでしょ!」
「そりゃそうだけど……見てて痛々しいんだけど」
ハンドルを握る弟の明利の言葉にかのこは言葉を詰まらせた。
心待ちにしていた夏祭り当日。
実家からだと電車で30分以上掛かるにも関わらず、かのこにはどうしても実家へと行かなければいけない理由があった。
明利はバックミラーでチラッと後部座席を見る。
「一人で行くのはいいけど。一人で浴衣? しかも自分で着付けが出来ないのに……」
「あっくん、前!」
信号が赤から青に変わると同時にかのこが声を荒げる。
浴衣の着付けも出来ない、それに気が付いたのは前日だった。
どうしてそのことに気付かなかったのか、かのこは自分で愕然とした。
でも気付かないのも当然だった、小さい頃から着物の着付けは母がしてくれた。
何でもないことのように、まるで洋服を着せるように簡単に着せてくれた、だから着物を着ることは簡単だと思い込んでいたのだ。
「しかも、夜中に電話して来たかと思えば、俺を足にするとは……なんて弟使いの荒いねーちゃん、俺不憫」
「だからーごめんって謝ってるでしょ? 今度何か奢るから」
「だから、それはいいって。俺も一緒に夏祭りに行くってのでチャラにするし」
「バイト、人が少ないからって頼まれてるんでしょ? あっくんまで休んだら店長さん、困るんじゃないの?」
「うう……っ。ねーちゃんがもっと早く言ってくれればいいんだよ」
ぼやく明利にかのこは心の中で謝った。
本当は何度も電話しようと思った、でも出来なかったのは心のどこかで和真を待っている自分がいたから。
あれから和真とプライベートでは言葉を交わしていない。
朝になったらアパートまで迎えに来てくれるんじゃないかと期待していたけれど、期待した分ガッカリが大きくなっただけだった。
「っていうか、こういうのはアイツと行くんじゃないんですか」
明利の声が急に刺々しいものに変わったことにかのこは苦笑いを浮かべた。
最初の出会いが悪かったせいもあって、明利の和真に対する印象は最悪で、しかも良く悪くも和真は和真なので、明利に媚を売るようなことも良い所を見せようともしない。
むしろ……からかってはムキになる姿を見て楽しんでいるとしか思えない。
姉弟揃って和真に振り回されていることに気付いてかのこは情けなくなった。
「べ、別に……せっかく浴衣を買ったのに着ないのはもったいないから行くだけよ!」
「ふぅん、まあいいけどさ。その浴衣は誰の為に買ったんだかね」
呆れる明利の声に返す言葉もない。
意地を張ったまま引き返せなくなっていて、自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。
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