2010、夏祭り:意地悪な恋4


「菊ちゃん、そのプリンいらないなら食べてあげようか?」

「食べますっ! もう……人がこんなに悩んでいるのにぃぃぃ」

「悩むくらいならサクッと謝って、仲直りのエッチしちゃいなよー。それで円満解決でしょ?」

「さ、さくら先輩!? な、なんてこと言うんですかっ!!!」

「ケンカの後のエッチは燃える。これ鉄則、恋人達の常識じゃない。それとも……そんなことがなくても毎回、とか?」

 ニヤニヤ笑いながら顔を近づけるさくらから逃げるようにかのこは顔をそむけた。

 自分達の性生活はたとえどんなに仲の良い友達でも言えることは出来ない。

 それなりにある一般知識から判断しても、和真とのエッチはかなり……すごいと思う。

「さくら先輩! オヤジ発言ですよ! 最近、真帆先輩に似てきたんじゃないでんすか?」

「え……それだけは止めてぇっ。真帆先輩は嫌いじゃないけど、リアルなイケメン追い回すくらいなら、二次元のイケメンに埋もれて死にたい」

 それもどうかと思う。

 会社に入った頃はどうしてこんなに可愛いさくら先輩に彼氏が出来ないのか、本当に不思議で仕方なかったけれど、最近は出来なくても仕方ないと思えてくる。

「おっ、いたいたー。ちょっと邪魔するよー」

「夏目さん?」

 パーテーションの上から覗き込むのは、営業一課のグループリーダー・夏目岳さん、一課の中にはいくつかのグループがあって、私やさくら先輩や真帆先輩をまとめてくれる存在。

 短く刈り込んだ髪、骨太な体つきに大きな声、体育会系なノリでグループのムードメーカー。

「おっ、今日は木下女史は外回りだったな。お嬢さん二人で鬼の居ぬ間に洗濯かー?」

「そんなこと言ってると真帆先輩にまた飲み比べ挑まれますよー」

「止めてくれ……あの人に勝とうと思ったら、いくつ命があっても足りない」

 夏目さんはグループ最年長の真帆先輩を「木下女史」、私達のことは「京ちゃん」「菊ちゃん」と呼んでいる。

 快活でお酒が大好きで、自分の歓迎会でも仕切ってしまう夏目さん、真帆先輩もお酒好きでもしかしたらこの二人……とピンク色の展開も想像したけれど、自称イケメン好きの真帆先輩にとって夏目さんは、守備範囲外らしい。

 そもそも夏目さんには同棲中の恋人がいるので、真帆先輩がそうじゃなくても期待するような展開はありえなかったらしい。

「そんなことより、これ……食べない?」

 夏目が持ち上げて見せた白い紙袋、飾り気のない上質な紙袋に書かれた『桃花軒』の文字。

 かのこが反応するより早く、さくらが目を輝かせて拍手をすると、夏目はニンマリしながら中へと入って来た。

「夏、限定?」

 さくらの言葉に頷いた夏目が袋の中から取り出したのは、桃花軒でお馴染みの季節限定商品。

 夏の限定『夏祭り』は黒蜜が絶妙な甘さのみつ豆で、黒蜜をかけると色とりどりの寒天がまるで屋台の明かりのように浮かび上がる。

「他にも美味しいあんみつとかあるんだけど、ここの黒蜜の味は外せない。夏目さん、グッジョブです」

 親指を立てるさくらに夏目が声を立てて笑う。

 豪快な笑い声は重苦しい気持ちをあっという間に吹き飛ばしてしまった。

 夏目さんを見ていると本当に元気が出るから不思議。

「って俺一人の手柄にしたいけれど、この店を教えてくれたのも、我がグループの女性陣の甘い物好きを教えてくれたのも、如月課長でした」


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