2010、夏祭り:君の隣16


 あまりに強く掴まれていたせいで、赤くなった手首を擦る祐二は、両手を床にだらりと下ろす貴俊を睨みつけた。

「貴俊、いい加減――」

「別れ……たく、ない」

「……は?」

(コイツ……今、何て言った?)

 自分の耳がおかしくなってしまったのかと疑う祐二は、ようやく顔を上げた貴俊に再び手を掴まえられてビクッとした。

「別れ話なら、聞きたくない。お……れは、祐二と別れたくない」

 今度はハッキリと耳に届いた。

 思いつめたような貴俊の表情に今の言葉が冗談ではないと分かっても、祐二はその言葉の意味を理解することが出来なかった。

「……っけんな!!!」

「祐――」

「何が別れたくないだよっ! 何訳の分かんねぇこと言ってんだよ! お前が先に俺のこと捨てたんだろっ!」

 勢いで口にした「捨てた」という言葉に胸がズキリと痛み、まだ記憶に新しい去っていく貴俊の背中を思い出した。

 まるで今まで何もなかったように、あっさりと自分より女子を選んだ、その貴俊の口から「別れたくない」だなんてふざけているとしか思えない。

「捨ててなんか……、違う、違う……違うんだよ、祐二」

「何が違うんだよ! お前が……お前が、俺よりも女子を選んだんだろっ! 結局は……女の方がいいくせにっ!」

「違うよ、祐二! 聞いて、お願いだから聞いてっ」

「聞きたくない、聞きたくないっ! 俺がどんな思いで……」

 胸に堪った鬱憤はダムが崩壊するかのように一気に吹き出し、止まったはずの涙が両目から溢れ出した。

 優しくしてくれた女性と話をして一度は思い直したはずなのに、とてもじゃないけれど落ち着いて話し合うことなんて出来そうにもなかった。

 興奮して荒くなった呼吸を静めるために、何度も大きく深呼吸していると、再び手を伸ばした貴俊に今度は腰を強く抱きしめられた。

「なっ、離せ……っ!」

「お願い。俺の話を聞いて。話し終わったら俺のこと蹴っても殴ってもいいから、お願いだから話を聞いて」

 腰に腕を回す姿がまるで縋られているようで、掠れた声があまりにも必死に懇願しているように聞こえて、強く抱きしめる貴俊の腕を解くことが出来なかった。

(今さら……何を言うってんだよ)

 聞きたくないと思う一方で、触れる腕の強さと熱さは頭の中で都合の良い展開を作り出してしまう。

「祐二、俺……あの時」

 聞いて欲しいと言ったわりには話しにくそうに、迷いながら口を開く貴俊を大声で急かしたくなるが何とか呑み込んだ。

 沈黙の間が気持ち悪いほど静かで、自分の息遣いや鼓動がやけに大きく聞こえる。

「俺……祐二に、止めて欲しくて……ヤキモチ妬いて欲しくて。俺は祐二が側にいてくれたら、それだけで十分幸せなのに……。欲、が出たんだ」

 ゆっくりと話し始めた貴俊の声は最初は迷うように弱々しかったが、話していくにつれまるで自分の中にある想いをすべて込めているかのように力強くなっていった。

「祐二が楽しそうじゃないのは分かってた。でも……折角二人で来てるのに、祐二は認めたがらないけど俺達……付き合ってるのに、あんな……付き合う前より楽しそうじゃない祐二を見るのは嫌で……」

(貴俊……)

「もう帰った方がいいのかなと思った時、ちょうど後輩の女の子達が来て……。ほんの少しでも祐二が俺のことを好きだと思ってくれているなら、きっと止めてくれると思ったんだ。女の子達には悪いことしてると思ったけど、それでも……俺には祐二が一番だし、祐二以外に優しくしたい相手なんていない、だから……」

 訴えかけるような貴俊の言葉に胸の奥が締め付けられるように苦しくて、それから焼けるように熱くなった。

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