2010、夏祭り:君の隣15
動揺を絵に描いたような貴俊はぎこちなく「大丈夫です」とだけ口にする。
(余計……失敗だったかも)
あまりにもいつもと違う貴俊にこれでは母親を納得させられないかも、次の手を考えようとした祐二だったが意外にも母親はあっさりと頷いた。
「あまり遅くまで騒いでちゃ駄目よ」
「大丈夫です」
母親の言葉に返事をしたのは未だ硬い表情と声の貴俊だ。
貴俊が返事をするというだけで許して貰えたことに若干腹を立てたがここは我慢することにした。
母親が家の中に入ったのを確認して、祐二は貴俊の袂を軽く引っ張った。
「……行こうぜ」
「祐二、何で……」
「いいから。こんなとこで話してたら……変に思われるだろ」
貴俊もその意味をすぐに理解したらしく、返事をすることもなく歩き出した。
貴俊の家の中は真っ暗で静かだった。
玄関のドアを閉めても、その場から動くとは出来ず向かい合ったまま黙り込む。
祐二は少しずつ早くなる自分の鼓動に小さく深呼吸するとようやく口を開いた。
「雅兄は……」
「今日は、バイト。だから……帰ってくるのはすごく、遅い」
「お、おう」
貴俊の両親は留守、兄の雅則はまだ帰って来ない。
しばらくは二人きりだということに安心した。
(さすがに修羅場なんか見せられねぇかんな)
自然と浮かんだ「修羅場」という言葉を祐二は全力で否定し、代わりになる適当な言葉を必死に探していると、貴俊が玄関の壁にもたれるように背中を預け、そのままズルズルとしゃがみ込んでしまった。
「……だ、……た……な、い」
貴俊の絞り出すような苦しげな声、途切れて上手く聞き取ることも出来ない。
目の前で蹲る貴俊の姿は学校で生徒会長をしている貴俊からは想像出来ないし、いつも側にいる絶えず笑みを浮かべている貴俊からも想像出来ない。
辛そうな声ばかりで胸が苦しくなるのに、一方で貴俊の方が辛そうに見えることに腹立たしくなった。
「おいっ、貴――」
祐二が膝に顔を埋めたまま動かない貴俊の肩に手を置いて乱暴に揺すろうとすると、それまでジッと動かなかった貴俊の手が急に伸びた。
(痛……っ)
信じられないほど強く握られた手首に痛みが走る。
痛みに顔を顰めた祐二が無理矢理振りほどこうとしても、しっかり掴んでいる貴俊の手は離れず、それどころか貴俊の両手に手を握り締められた。
「は……なせよっ」
「やだ。嫌だ、嫌だ」
「な、何……ガキみたいなこと言ってんだよ!」
駄々っ子のように「嫌だ」ばかりを繰り返す貴俊の声が次第に涙声になる。
掴んだ手に祈りでも捧げるように、額に押し当てた貴俊が押し殺したような嗚咽を漏らすのも構わず、祐二は渾身の力で掴んでいる手を振り解いた。
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