2010、夏祭り:君の隣14
夢でも見ているのかもしれない。
祐二は近づいてい来る人影を見ながら自分の頬を抓った。
「イテ……」
わざわざ抓らなくてもさっきからジンジン痛む足の傷がこれは現実と告げている。
駆け寄ってくる人影がすぐ目の前で立ち止まった。
「ゆっ……祐二ッ」
そんなに長い距離なんか走っていないはずなのに、激しく息を切らし肩を上下させながら名前を呼ぶ。
「た……かとし?」
別れた時と同じ浴衣姿なのに、何があったのか着崩れびっしょりと汗をかいて長めの前髪が額に張り付いている。
(何で……そんな泣きそうな顔……)
自分を見つめる貴俊の瞳に釘付けになった。
不思議そうな自分の顔が映りこむ貴俊の瞳を見ながら、祐二はどういうことなのか訳が分からなかった。
「ゴメ……ッ、ゴメン、ゴメン、ゴメン……」
貴俊が何度も謝罪の言葉を口にする。
謝られる理由が分からない祐二にはなんて返事をしていいのかも分からない。
(謝るのは俺の方なのに、なんでコイツの方が……)
別れ際に見せた無表情の貴俊はどこにもなく、触れようとして伸ばす手を躊躇っては引っ込めている。
掠れている声にその必死さが伝わってくる。
「……に……い、で」
「え?」
小さすぎて聞き取れなかった独り言に聞き返した祐二は返ってきた言葉に耳を疑った。
「嫌いに……ならないで」
泣き出しそうな顔で、震える声で、まるで願うように呟いた貴俊に祐二は頭の中で何かが弾けた。
「ふっ……ざけんなっ!!」
「……ゆ……じ?」
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!!!」
自分がどれほど悩んだのか、それを貴俊に伝えたくても言葉が浮かんで来ない。
目の前で自分ではなく女の子を選んだくせに、別れを告げるように冷たく背中を見せたくせに。
今更そんなことを言うなんて卑怯だ。
爆発しそうな感情を言葉にして発散しないとどうにかなってしまいそうで、再び口を開こうとすると声が割って入ってきた。
「祐二ー? 帰ってるのー?」
自宅の門の内側から顔を見せる母親の姿にハッとする。
貴俊もまた緊張したように顔を強張らせている。
「う、うん。今……帰って来た」
「貴俊君も一緒なんでしょ。外で話してないで中に入ったらー?」
いつもなら迷わずそうするところだが、祐二はチラッと貴俊を見た。
今の貴俊を見られたら何を言われるか分からない。
こんな時なのにやけに冷静に判断出来ることが不思議で、おかげで昂ぶった感情は少しだけ落ち着いた。
「今日は貴俊ん家に泊まるー」
貴俊の肩がピクッと揺れたことに気が付いた。
「でも今日はおばあちゃん家に行くって言ってたし家にしたらー?」
「大丈夫だって」
両親が不在の家に泊まりに行くことにすぐに頷かない母親に、祐二は仕方なく目の前で立ち尽くしている貴俊を小さく小突いた。
「……お前も、何か言えよ」
門のところにいる母親には聞こえないように小さな声で言う。
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