2010、夏祭り:君の隣11


 貴俊と別れてから一人、頭の中でぐるぐると考えていたことを口に出してしまうと、心はより現実のもとして受け止めた。

 足の痛みとは関係なく涙がじわりと滲む。

「ケンカ、しちゃったの?」

 足の指の傷まで綺麗にしてくれた女性は器用に絆創膏を貼りながら顔を上げた。

「……ケンカ、じゃない。アイツは大人で俺みたいに怒鳴ったりとか、しない」

 祐二は溢れる涙を袖口で拭いながら唇を噛んだ。

 貴俊が感情を爆発させたことは数えるほどしかない、しかも付き合い始めてから数回ある程度。

 それまではどんな時でもいつも落ち着いていて、優しくて穏やかに笑っていた。

「怒鳴り合うだけがケンカじゃないってこともあるよね」

「……え?」

 今まで聞き手だった女性は絆創膏を張り終えると祐二の隣に腰を下ろし、コンビニで買ってきたらしいジュースを取り出すと1本祐二に差し出した。

「実はお姉さんね……少し前に彼とケンカしちゃったの。彼はどんな時でも優しくて、いつだって最後には私のことを許してくれる人なの。だから今回もそうなるって思ってたんだけど、ね」

 祐二は素直にジュースを受け取り、プルトップを開けながら女性の横顔をチラリと見た。

 女性は足を伸ばしブラブラさせたつま先に視線を向けたまま、少し寂しそうな笑みを浮かべて続けた。

「すごく怒ってるの。怒鳴るとか暴力を振るうとか無視するとかじゃなくて、私が嫌がるって分かってて、自分も本当はやりたくないことのはずなのに、ムキになってて……」

 女性とその恋人との間にどんな揉め事があったのか分からないけれど、寂しそうな顔を見れば後悔していることはすぐに分かった。

「今日も一緒に来るはずだったの。本当は一人で来たって楽しくないのに、私もなんか意地張っちゃってこうやって一人で……だから、かな。君が一人で居るのを見て放っておけなかったのも」

「仲……直り、出来ないの?」

「んーどうかな。でも出来ないと悲しいから、私の方からごめんねって言うつもり。彼はいつも自分の気持ちに正直で、どんな時でも真っ直ぐ気持ちを向けてくれてるのに、私はどうしても素直になれない時があるから……」

 女性の言葉が痛いほど自分の心に突き刺さる。

(俺も、同じだ……)

 そのせいか会ったばかりの人なのに急に親近感を覚え、祐二はさっきよりも軽くなった口を開いた。

「ごめんって言ったら許してくれる?」

「どうかなぁ……。許してくれなかったら辛いけど、でも彼が何で怒っているのか分かっているから、大丈夫……かな?」

「彼氏は……何で怒ったの?」

 こんな突っ込んだ質問は失礼だと思いながらも、好奇心に負けた祐二が質問をぶつけると、女性は少し驚いたように目を見開いてから恥ずかしそうに笑った。

 すぐには口を開かず持っていたジュースを開けて一口飲むと女性はゆっくりと話を始めた。

「んー……彼がわざと言ってると分かってたのに、気付かないフリをしたからかな。彼はきっと『止めて』って言葉を待っていたはずで、私も心の中ではそう言ってたのに、口では『いいよ』って言っちゃったの」

「ど……して?」

「気持ちじゃなくて、理性が色々と考えた……からかな。それと……好きな人の前で素直になるのが恥ずかしい、とか思っちゃったからかな」

 そう言って笑う女性に祐二は言葉を返すことが出来なかった。


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