2010、夏祭り:君の隣9


 長い時間座っていたせいか汗も涙もすっかり乾き、湿った甚平が肌に張り付いて少しだけ不快感が残った。

 早く家に帰ってシャワーを浴びよう。

 祐二は片足で立ち離れた場所に転がる下駄へ跳ねながら近づいた。

「……テェッ!」

 跳ねた瞬間に鼻緒と擦れた肌に痛みが走り、足元に視線を落とすと下駄を履いている方の足からも血が出ている。

 祐二はガードレールに腰掛けるとソッと足を引き抜いた。

「あーあ……」

 指の間の皮がベロリと捲れ、滲む血の痛々しさに思わず顔を顰める。

(どうやって帰るかなぁ。いっそのこと裸足で、それか迎えに来てもらう……は無理か)

 今日は家族もそれぞれ祭りに出掛けている、迎えに来て欲しいと言った所でいつになるのか分からない。

 祐二は改めて自分の姿を見てその情けなさにため息を吐いた。

 甚平は汗でヨレヨレで、両膝は擦りむいて血が出て砂まみれ、足元は下駄を脱いで血まみれ、両手の平も派手に擦りむけている。

 この格好で電車に乗るのは勇気がいると思いあぐねていると、慌てたような下駄の音が聞こえ顔を上げた。

「あ……」

 祐二はこちらに走って来るのがさっきの浴衣姿の女性だと気付き思わず声を出したが、同時にがっくりと肩を落とし俯いた。

 心のどこかでまだ貴俊が追いかけてくるんじゃないかと、待っている自分がいることに思わず自嘲的な笑いを浮かべてしまう。

「良かった。まだいてくれて」

「……え?」

 下駄の音は目の前で止み、わずかに息を上げた女性が笑いかけた。

(な、なに……?)

 再び自分の前に立つ女性に祐二は驚きを隠せず、何度も目を瞬かせる。

 動揺する祐二に構うことなく女性はその場にしゃがむと、手に提げていたコンビニの袋から水のペットボトルを取り出した。

「先にお水で砂とか落としてから消毒した方がいいかな。沁みるかもしれないけど我慢してね」

 ペットボトルのキャップを捻りながら言う女性に祐二は慌てて足を引っ込める。

「だ、大丈夫……です」

「でも、このままじゃ痛くて歩けないでしょ?」

 女性の綺麗な手が砂で汚れている自分の足に伸びる。

「で、でも……」

「あ……えっと、迷惑だったよね。お節介だってよく言われるのよ」

 ごめんねと謝られて祐二は慌てて首を横に振った。

「迷惑じゃない、です。でも……」

 貴俊以外の人に優しくされることに慣れていない、おまけに見ず知らずの綺麗な女性なのだから尚更どうしていいのか分からない。

「ど、どうして……」

「んーどうしてかなぁ。何だか放っておけなかった、からかな?」

 そう言って優しく笑った女性の顔が貴俊の雰囲気に似ているような気がした。

 見ず知らずの人にこんなことしてもらうなんて、いつもの自分だったら絶対にありえないのに、祐二はそれ以上拒むことをしなかった。


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