2010、夏祭り:君の隣8
「ハハ……ハ……」
胸の奥がズキンと痛くなり苦しいのに、なぜか口からは乾いた笑いが零れる。
貴俊の隣に立って似合うのは甚平を着た男ではなく、可愛い浴衣を来た女の子だということに気が付いた。
運動も勉強も出来て、背が高くて優しくて、王子様だなんて呼ばれている貴俊をバカにしてばかりいたけれど、それが本当だと自分が一番分かっている。
貴俊には可愛い女の子が似合う。
ツリ目で悪態ばかり吐く男じゃなくて、目がパッチリした髪の長い女の子、勉強も出来て気配りも出来て、笑顔が可愛い女の子。
貴俊が好きだと言ってくれることに安心して、いつか貴俊の気持ちが離れていくなんて想像したこともなかった。
「だっせぇ……」
祐二は呟いて血で濡れた下駄を蹴り飛ばした。
側溝の金網で出来た蓋の上に音を立てて転がった下駄、おもむろに顔を上げた祐二は転がる下駄に今の自分の姿と重ねた。
夏の熱に浮かされるまま引っ張り出されても、履き心地の悪さに傷付けて、夏の暑さが引けば見向きもされなくなる。
放り出された下駄みたいに自分もまた貴俊に放り出されたのだ。
下駄を眺めていた祐二は突然視界を遮られた、誰かが前に立ったと分かったけれど、自分が求めている浴衣とは違うと無視をした。
どうせ好奇心で立ち止まっているだけだろうと、早く立ち去って欲しいと祐二が思い始めていると頭の上で声がした。
「大丈夫?」
祐二が思わず顔を上げると、浴衣姿の女性は腰を屈めて顔を覗き込んだ。
女子達が着ていたような白やピンクの浴衣ではなく、紺色に濃淡の花柄という大人っぽい浴衣を着ていた。
首を傾げた耳元ではガラス玉のピアスが揺れて、耳の後ろ辺りで束ねた髪に飾られた簪がシャランと音を立てる。
「だ、大丈夫……っす」
同年代の女子がするようなゴテゴテした化粧をしていない綺麗な顔を近づけられて思わず身を引いてしまった。
(なんか……いい匂いするし)
さっきのようなむせ返るような甘い香水ではなく、自然に漂ってくるふわりとした優しい香り。
「でも……足、血が出てるみたい」
心配そうに眉を寄せられて慌てて足を引っ込めた。
綺麗な人にこんな姿を見られおまけに心配されて、恥ずかしさで逃げ出したかったけれど、痛む足ではすぐに立ち上がれず「大丈夫、大丈夫」と笑って誤魔化した。
(カッコ悪い、カッコ悪い、カッコ悪い……)
それでもまだ心配そうにその場を動かないその女性に、本当に大丈夫だからと何度も言うとようやく離れてくれた。
ホッと胸を撫で下ろした祐二はいつもなら貴俊があの女性なのだと気付いてまた唇を噛む。
ちょっとした怪我でもまるで自分が傷付いたように痛そうな顔をする。
大袈裟なほど心配されるのが鬱陶しくていつも邪険な態度ばかりを取っていた。
(そりゃ、嫌になって当然だよな)
ありがとう、の一言でも口にしたら良かったのかもしれない。
今日だっていつまでもふくれてないで、貴俊に何を食べたいのか聞けばよかったかもしれない。
頭の中でいくつもの「かも」を思い浮かべた所で祐二は深くため息を吐いた。
(もう、遅い)
貴俊は目の前で自分ではなく後輩の女の子達を選んだ。
いくら後悔してもすべては終わったこと、祐二は自分にそう言い聞かせるとようやく重い体を起こした。
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