2010、夏祭り:君の隣6
ようやく周りの音も景色も現実のものとして戻って来た祐二の耳に貴俊の声が届いた。
「ここから別行動でもいいかな? 祐二もその方がいいでしょ」
放たれた言葉に全身が強張る。
今まで聞いたこともない声、口調はいつもと変わらないのに感じる温度差。
(俺、もしかして……)
脳裏に浮かんだある言葉は無理矢理蓋をした。
「な、何言って……んだよ……」
自分でも信じられないほど震えてしまう声、さっきと同じような感覚が身体を襲い、血の気が引いていく身体は何とか立っていられる状態だった。
(冗談、だ……よな)
祈るような思いで貴俊の言葉を待つ祐二は拳を握り締めた。
「無理矢理付き合わせてごめんね」
それだけ言うと貴俊は背を向け、二人のやり取りを見ていた女子達に囲まれて歩き出した。
(もしかして、これって……)
蓋をしたはずなのに、頭の中に浮かんだ「別れ」の二文字。
小さい頃から貴俊は自分の横か少し後ろにいた、振り返れば絶対そこにいるという安心感があった。
離れていく背中を見つめる祐二に襲ってきたのは激しい喪失感。
(た、かとし……)
今日も朝からいつも通りだった。
夏休みだから寝坊して貴俊に文句を言いながら宿題をやり(写し)つつ、昼は食べあきた冷麦だったけど、好物のから揚げもあって嬉しかった。
勉強をして疲れたって理由で貴俊の部屋のベッドで昼寝をしようとしたら、いつものように長い腕に捕まって恋人同士がするキスをたくさんした。
恥ずかしくて照れくさくて、悪態を吐きながらタオルケットを被って、気が付いたら貴俊の体温に包まれて眠っていた。
(なんだよ、それ。なんでそうなんだよ……)
いつも通りの一日、違うのは今日は夏祭りで貴俊は浴衣で自分は甚平で、夜遅くまで楽しむはずだった。
小さくなっていく貴俊の後ろ姿が霞むと喉の奥から嗚咽が漏れた。
「……っでぇ、よ」
無理矢理だなんて思ったことは一度もなかった。
キスだってエッチだって、恥ずかしいだけで本当に嫌だったら本気で拒んでいる。
今日だって本当に楽しみにしていて、ただ少しだけ自分と差のある貴俊を妬んでヘソを曲げていただけ。
素直になれない自分を一番理解してくれているはずの貴俊だから、そういうのも含めて分かってくれていると思っていた。
祐二は震える喉に奥歯を食い縛り、これ以上視界が滲まないように目をギュッと閉じた。
再び瞼を持ち上げた時に飛び込んできた屋台の光の向こうには人波に見え隠れする長身の姿。
その隣に自分は並べない。
一人になってしまうと周りを行き交う恋人同士や家族連れの楽しそうな笑顔を見ていられなくなった。
一刻も早くその場を離れたくて祐二は駆け出した。
履き慣れない下駄に時々足元を取られながら、すれ違う人の肩にぶつかり嫌な顔をされながら、ただひたすら走った。
光と音の洪水に酔いそうになりながら、途中貴俊達の横を通り過ぎたことにも気付かず、息が苦しくなっても足が痛くなっても走ることを止めなかった。
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