2010、夏祭り:君の隣5


 これから見て回る屋台にばかり気を取られていた祐二はいつと違う貴俊の視線に気付かなかった。

 そして何の心の準備もないまま、突然その瞬間はやって来た。

「じゃあ、みんなと一緒に回ろうかな」

 貴俊の声の後には辺り一帯に響き渡る黄色い声。

 あまりの騒ぎに歩いていた人達が足を止めるほどで、すぐ側にいた祐二も耳がキーンとしていたが、それさえも一瞬で気にならなくなるほどの衝撃を受けていた。

(今……なんて言った?)

 聞こえなかったわけではない。

 一言一句まるで自分に向かって言われたかのように聞き逃さなかった。

(貴俊が俺じゃなくて、女子を選んだ……?)

 そのありえない現実に祐二はどういう反応を示していいか分からないまま、ヨロッとしながら足を一歩踏み出した。

 似たような髪型の向こうにいる貴俊の顔を見上げる。

「貴……」

 すぐに目が合って話し掛けようとしたけれどそれ以上言葉は続かなかった。

 あまりにも素っ気無く視線を逸らされてしまった。

 貴俊しか見えていない彼女達のように自分の存在がそこにないとでもいうように、貴俊の視線は祐二の上を通り過ぎていった。

(何だよ、これ……)

「何食べますかぁ?」

 女の子達がさっきよりもグッと距離を詰めて貴俊を取り囲む。

 祐二は聞こえていた周りの喧騒も、聞こえていた太鼓の音も急に聞こえなくなった。

 視界に映る景色はさっきまでと変わらないのに、まるで自分だけが別の次元にいるような錯覚を起こす。

 履きなれない下駄を履いた足元はまるで血が通っていないように感覚がない。

(な、んで……)

 起こっていることを理解出来ないままでいた祐二は視界の中央にいる貴俊が背を向けたことに気が付いた。

 ハッとした時には動かなかった足は一歩を踏み出し、凍りついた喉は必死にその名を呼んだ。

「たっ、貴俊っ!!」

 自分の声すらもどこか遠くに感じ、届いているのか不安になったものの、振り向いた貴俊を見てホッと胸を撫で下ろした。

(ふざけてるとか、女子をからかってるだけだよな?)

 貴俊がそんなことしない人間だと分かっていても、少しでも自分を納得させるたかった。

 振り返った貴俊の顔は何を考えているのか分からない無表情で、まっすぐ下ろされた視線にも何の感情も篭っていない。

「ごめん、祐二」

 謝罪の言葉にホッとした。

 その後に続く言葉は間違いなく彼女達へ向けた謝罪だと信じて、祐二はこの後にどんな仕返しをしてやろうと考え始めた。

(ぜってー全部奢らせてやるっ)

 いつもなら我慢するキャラクターの形をしたカステラも、絶対に食べきれないリンゴ飴も、次の日には萎んでしまうヨーヨー風船も、今日は全部貴俊に買わせよう。

 一瞬でも自分をこんなに動揺させた貴俊が悪いんだ。

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