2010、夏祭り:-one-35
いくら仕事とはいえ、他の女性と旅行に行くことに何の躊躇もなく頷かれては立場が無い。
ここは麻衣の「行って欲しくない」もしくは「行かないで」の一言があって然るべきだ。
そうじゃなかったとしたら、何の前触れもなく爆発するようにキレられた方がよほどいい。
「それ、本気じゃないよね?」
「何が?」
演技をしているのか惚けているのか、それとも本当に分からないのだろうか。
思惑とは違う方向へ話が進みそうな予感がした陸はもう一度同じ説明をしたが、返って来る言葉も同じだった。
「麻衣、なんか勘違いしてるのかもしれないけど、泊まりなんだよ?」
「聞いたよ」
(だから! どうしてそんなに平然としていられるの!)
怒鳴り返さなかったことが奇蹟だ。
心の中で気持ちを爆発させたけれど、心の中だけでは収まりきらず今にも口から怒りが飛び出しそうだ。
「本当に、いいの?」
自分でもしつこいと思ったけれど、聞かずにはいられずに口にすると、麻衣も同じように思ったのか、眉間にわずかだが皺を寄せた。
「だって断れないんでしょ?」
「それは……っ」
麻衣の気を惹きたくて吐いた嘘、軽い気持ちで吐いた嘘なのに簡単に覆すことが出来ない。
「それにね、百合さんのことは私もまったく知らないわけじゃないし。陸のことをまるで息子……は言いすぎかな、弟のように可愛がってくれて、その百合さんがお願いしたんだから、よほどのことだと思うの。陸が応えてあげるのは当然のことだし、そおそも……私が口を出すことじゃないと思う」
麻衣の言うことはいつでも正しく聞こえるけれど、それが全部正しいとは思えなかった。
嫌になるほど二人の間で話し合ってきているのに、やっぱり仕事の話になると自分はどう思うのか、それを一切口にしてくれないことがやり切れない。
「あ、でも……」
真剣な表情をしていた麻衣がパッと顔を上げて陸の顔を覗き込んだ。
「なに?」
言い出しにくいのか、麻衣が少し迷う素振りを見せる。
もしかしたら、という思いから早く続きを聞きたくて、陸は逸る気持ちを我慢出来なかった。
「なーに、言って?」
「八つ橋、買ってきてね?」
「はあ……信じられないっ! 自分の彼氏が他の女と旅行に行くのに、土産買って来いっていう彼女なんてありえねぇっ!」
「なんで……陸が怒るわけ!? 仕事でどうしようもないんでしょ? 断れないんでしょ?」
「そういうんじゃなくてっ!」
「じゃあ、どういうことなの?」
こうなってしまったのは麻衣のせいじゃない、バカなことを考えて嘘を吐いた自分と、情けなくてそれを訂正出来ない自分が招いてしまった結果だ。
「後悔したって知らないんだからなっ!」
「後悔するようなことをしてくるつもりなら、勝手にどうぞ! お風呂入れてくる!!」
足音を立てて部屋を出て行く後ろ姿を見送って、後悔するのは誰なのかすでに答えは出ていた。
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