2010、夏祭り:-one-34


 気がかりが消えてしまえば途端、気持ちに余裕が生まれた。

「ちょっと、待ってて」

 大仰な包みを持ってリビングから寝室へ陸が戻って来る頃には麻衣は部屋着に着替え終わっていた。

「それ……」

「百合さん、知ってるでしょ? 今回の夏祭りデート権もダントツでさ」

 言いながら陸はたとう紙の中から仕立て上がったばかりの浴衣を取り出した。

「百合さんが贔屓にしている呉服屋さんに無理言って作って貰ったんだって。どお?」

 広げた浴衣を自分に当てて見せる。

「う、うん……すごく似合ってるし、それに……すごく高そう」

「値段はよく分からないけれど、百合さんが言うには最高級の物らしい。俺みたいに分かんない奴が着るにはもったいない品物だよね」

「……へえ」

 麻衣の反応が気のせいか鈍いような気がする。

 陸は嬉しくなった。

 もしかしなくても麻衣がヤキモチを妬いてくれているのかもしれない、客のそれも超常連の中の超上客とはいえ、他の女性からのプレゼントを見せられたら良い気はしないだろう。

 気を良くした陸は浴衣をベッドの上に置くと微妙な顔を見せる麻衣と向かい合った。

「実はね、百合さんがさ……」

 昼間、一緒に寿司を食べながら言われた言葉を一言一句違えずに麻衣に伝えた。

「もうこの年になると夏祭りみたいに賑やかなものは遠慮したいのよね。でも折角浴衣も新調したし京都はどうかしら。土・日の1泊旅行なんてどうかしら? って……」

 麻衣の顔が引き攣るのが分かって、陸は喜びを顔に出さないように気を付けながら続けた。

「もちろん、俺は断ったよ? いくら百合さんの頼みとはいえ、客と1泊旅行なんて出来ないって。でも珍しく百合さん引いてくれなくてさ……。部屋は別々だって約束してくれたし、向こうでは京都観光して美味いもん食って、日曜の夕方までに名古屋に帰してくれるって約束してくれたから、さ」

 9割は真実だけれど、たった一つ嘘を交ぜ込んだ。

 どんなに上客の百合とであっても、客と泊まりで出掛けることは出来ない、客と枕は共にしない、たとえ別の部屋だとしてもとそれだけは出来ないときっぱりと断った。

 売上の為に身体は売らない、ホストと客以上の関係になれば寝ることはあっても、引き換えに何かを求めることはなかった。

 一つの嘘を吐いたのは子供みたいな意地悪な出来心みたいなものだったのかもしれない、麻衣の反応が見たいその一心だった。

「ちゃんと日曜日の夏祭りには間に合うようにするから。浴衣も作ってもらったしさ……二人で浴衣着て手繋いで花火見よ?」

「ん、分かった。でも京都から帰って来て疲れているだろうし、夏祭りはまた今度でいいよ」

(何だって?)

 予想もしていなかった、まさかの麻衣の返事に陸は頭が真っ白になった。

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