『いつかの夏へ』
5
あの日今井さんを大怪我させた雅樹は通報で警察に捕まった。
けれど殴られる心当たりのあった今井さんは警察にどれだけ言われても被害届けを出さなかったらしい。
すぐに私の所へ戻って来るつもりが激怒した父親に家に連れ戻され勝手にアメリカ留学を決められた。
頑なに拒む雅樹に父親が約束した事があった。
十年経って自分が認められる男に成長したらその時は雅樹の好きにすればいい…と。
雅樹はその頃の事の思いを語ってくれた。
「日本に帰りたくても帰り方も知らないし金もなくて、言葉も分からないし、俺には何も出来なかった。でもお前に戻るって約束したままで…」
「死に物狂いでやらないと日本に帰れないと思って必死だった。ただ…真子に会いたいって気持ちだけが俺の支えだった」
雅樹が涙を流した。
私は手を伸ばして雅樹の涙を拭った。
雅樹は涙を拭う私の手に自分の手を重ねて目を閉じて再び口を開いた。
「俺にはもう一つ約束があったんだ」
「もう一つ?」
「真子…始業式の日。俺のアパート来てただろ、俺見てたんだ」
「えっ…?」
あの日空港へ行く途中アパートの前を通った時に私の姿を見つけて遠くから眺めていたら急に私が倒れて驚いた雅樹は抱えて家まで運んでくれたらしい。
「親父さんに事情説明して頭下げたんだ。十年経って必ず戻って来るからその時まだ真子がまだ俺を想っていてくれた時は…結婚したいって。それと…真子にはこの事を黙っていて欲しいともお願いした」
「どうして…言ってくれたら私…」
(あんな辛い思いしなかったのに…)
「真子にも頑張って欲しかったから。どんなに頑張っても10年は帰れないって分かってたし、何があっても負けないでいて欲しかったんだ」
雅樹は微笑みながら頬を撫でた。
私だけが知らなかった。
あれから両親は雅樹の事を忘れろとは一言も言わなかった。
ただ黙っていつも見守ってくれていた。
そして雅樹はこの10年私の所へ戻って来る事だけを目標に一人で頑張ってきた。
私だけが何も知らず一人甘えていた。
私は雅樹が願ったとおり頑張ってこれてない気がして不安になった。
「真子も頑張ったな。ちゃんと笑ってる。泣き虫で弱かったのに笑って待っててくれた」
「私…強くなんか…泣いちゃいけないって…雅樹思い出すと泣いちゃうから…思い出さないようにって…」
「それでも待っててくれたんだろ?」
雅樹が優しく微笑んだ。
「前よりも広い部屋借りれたし…やっと一緒に暮らせるな」
「玉子焼き…作らなくちゃ…」
「もちろん甘いやつだよな?」
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
ようやく果たされる10年前の約束。
二人の時間は再び動き出した。
end
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