『いつかの夏へ』
28
そして数ヵ月後。
光が降り注ぐ教会でタキシード姿の雅樹と真っ白なウェディングドレス姿の真子は永遠の愛を誓った。
泣かないと決めていたはずの真子は指輪の交換をする前から大粒の涙を流し、神聖な誓いのキスになるとしゃくり上げるように泣きだして周りから温かい笑いが起きた。
「泣き止めって……」
ベールを上げた雅樹は両手で真子の涙を拭いながら囁いた。
涙を我慢して顔を皺くちゃにしてしまう真子に困ったように笑いかけ、キスをする直前に雅樹はさらに真子を泣かせてしまうことになると知りつつ口を開いた。
(たとえ命が尽きても……)
「この魂がある限り真子を愛することを誓う」
自分が愛する女はただ一人きりしかいない、雅樹は左胸に手を当て宣誓すると真子が声を上げて泣き出してしまう前にキスをした。
唇を塞いでも嗚咽を漏らした真子がようやく泣き止んだのは披露宴が中盤に差し掛かった頃。
二人の共通の友人代表として立ち上がった徹哉が用意した高校生の頃の二人の写真に会場は笑いに包まれた。
今からは想像もつかない雅樹の姿を知っているのは家族と友人達。
今の雅樹しか知らない会場前方の会社関係の招待客たちが目を丸くしている姿が可笑しくて雅樹と真子も声を上げて笑った。
「今は一番愛しているのは真子ちゃんだと胸を張っていますが、この頃の雅樹が何よりも、多分真子ちゃんよりも愛していたものを用意してみました」
徹哉の声と同時に会場後方のドアが開かれた。
「あ……」
雅樹と真子は同時に顔を上げた。
それは徹哉の言葉どおりあの頃の雅樹が何よりも愛していたバイク。
雅樹は驚いてマイクを握る徹哉を振り返った。
「雅樹、毎晩のようにヤンチャをしていた相棒のこのバイクを大切に保管してくれていた親父さんに感謝しろよ」
「親父が……?」
何も聞かされていなかった雅樹は立ち上がって一番離れた場所に座る父親に視線を送った。
恥ずかしそうに俯いてしまった父親に掛ける言葉を探したが何も見つけられずにいるとそのバイクが二人の目の前に運ばれて来た。
「あの頃のままだ……」
真子は呟いた雅樹の横顔に十年前と同じ面影を見た。
タキシード姿の雅樹がかつての相棒に飛び乗るのを見ていた真子は会場にあの夏の風が吹いたような気がした。
――よぉっし、そろそろ行くかー
頭の中で聞こえた声に弾かれたように立ち上がった真子は周りの制止も聞かずにウエディングドレス姿で雅樹の後ろに乗りしがみ付く。
そして会場のスクリーンに映し出されたのは十年前の二人が同じようにバイクに乗り幼い笑顔でカメラ向かってピースサインをしている写真。
「好きな女しか乗せないんでしょ?」
「あぁ、俺の後ろに乗れるのは真子だけだ」
悪戯っぽく笑う真子に雅樹は頷くと腰に回された真子の手を握った。
会場からは笑いと拍手が起こり、目が眩むようなフラッシュが次々と二人を照らす。
指を絡めて手を繋ぐ二人の姿とあの夏の二人が重なる、違うのはしっかりと繋がれた手に真新しい指輪が輝いていること。
――俺なんかと居ていいのかよ。
不安そうに呟く雅樹の姿と泣いてしかがみつくことしか出来なかった真子の姿は今はない。
笑顔で手を取り合う二人は共にこれからを歩むための一歩を踏み出した。
end
[*前] | [次#]
コメントを書く * しおりを挟む
[戻る]