『いつかの夏へ』
27
シャワーを浴びた真子は置いてあったバスローブを羽織り、腰紐を結びながら続き間になっているクローゼットを抜けて寝室に戻る。
バルコニーへ続く窓が開けられ気だるい身体には心地良い風が部屋の中へ流れ込んできた。
時刻は午前一時を過ぎたばかりで窓を開けていても昼間の喧騒は感じられない。
乱れたシーツは取り替えられ真新しいパイル地のシーツがキングサイズのベッドを覆っている。
(替えてくれたんだ……)
何度も愛し合った名残りは消えていたが身体の中に残る熱と今までの生活では感じられなかった倦怠感、それと何よりも満たされた心は確かに自分の中にある。
「雅樹?」
「あぁ、ここだ」
窓から顔を出して声を掛けるとバルコニーにもたれている雅樹が振り返った。
揃いのバスローブを着ている雅樹の横に並んだ真子は差し出されたミネラルウォーターのボトルを受け取り口を付けた。
「いい匂いがする」
雅樹は真子の濡れた髪に顔を寄せ洗い立てのシャンプーの香りを嗅いだ。
自分も同じ物を使っているのだから同じ匂いがするのだが真子から香る方がよく思えるから不思議で仕方がない。
「すげぇ、腰だるい……明日も休みで助かった」
雅樹はタバコを咥えながら片手で腰をさすり真子をチラリと見た。
何か言いたげな視線を受け止めた真子はボトルから口を離し口を拭うと呆れたようにため息をついた。
「あんなにするから……」
「真子だって離さなかった」
「それは……雅樹が……」
「今日は気分いいから俺のせいにしといてやるよ」
その言い方に真子は呆れたけれど、雅樹と同じように満たされた心では言い争う気分にはならない。
真子は雅樹に身体を寄せると自然と肩を抱かれることに幸せを感じた。
(こんなに幸せで誰かに文句を言われそう……)
怖いほどの幸せは同時に根拠のない不安を生んだが雅樹の強い腕に抱きしめられると自然と薄れていく。
それはあの頃と変わらない。
雅樹の腕の中はどこよりも真子の心を温め強くする。
「身体が冷える、中に入ろう」
タバコを灰皿に押し付けた雅樹は真子の肩を抱いたまま部屋に戻り、窓を閉めるとさっきまで愛し合っていたベッドに腰掛けた。
部屋の明かりは最小限まで落とされベッドサイドの淡いオレンジ色の光が二人の姿を照らす。
「真子、まだ言ってなかったよな」
「なにを?」
少し上にある雅樹の顔を見上げるように真子が顔を上げる。
真子の大好きな雅樹の瞳が優しく微笑んでいることに口元に笑みを浮かべた。
「愛してる」
不意打ちの愛の言葉はどうしてこんなに胸に響くのだろう。
真子の涙腺が一気に緩んだ。
「ぶたのキーホルダーのあの日からずっと……これから先も俺には真子が必要だ。離さない、お前は俺のものだ」
愛に大きさがあるとしたら雅樹の愛はきっと最上級。
真子はそう思えてならない。
「私も……愛してる」
十年振りの愛の告白は涙声だった。
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