『いつかの夏へ』
18

「早く、焦らすなって」

 少しだけ苛ついたような雅樹の声に胸を覆う真子の右手がピクッと揺れる。

 掴まえられた左手は大きく広げられたまま。

「……真子」

 雅樹は呼びかける声が掠れてしまっていることに気付きながらジッと真子を見つめた。

 恥ずかしさからか全身をほんのりと染めた真子の体。

(すべてを見たい……)

 気持ちは急くばかりで無理矢理にでもその腕を剥いでしまいたい衝動に駆られる。

「が、がっかり……しない?」

 不安そうに呟く真子の声に雅樹は十年の月日の重さを感じた。

 初めてじゃなくても初めての時と変わらないくらい緊張している。

 それは自分も同じで真子の気持ちを察することが出来た雅樹、気持ちを落ち着かせるために小さく息を吐き決して自分からは外されることはないだろう真子の右手を取った。

「今まで一度だってしたことあるかよ」

「でも……あの頃とは違うし」

「忘れたか? ……昨日着替えさせたのは俺、だけど?」

 手に力を込めて最後の砦を守ろうとする真子にクスッと笑った雅樹は俯く真子の耳のそばで囁いた。

 その言葉に真子の肌がさらに朱に染まる。

「今さらって分かっただろ?」

 真子の右手を広げようと力を込めたが抵抗を見せなくなった右手はすんなりと開かれた。

 雅樹に両手を左右に広げられ、真子の何も纏わない体は雅樹の目に触れた。

 身じろぎ一つしない雅樹に真子はその表情を見ることもその胸中を読むことも出来ない。

 それでも貫くような強い視線を体中に向けられていることを感じ、続く沈黙の中で真子の五感はさらに鋭さをましていく。

 雅樹が呼吸をする音でさえも今は大きく真子の鼓膜を揺らす。

 優しく掴まれている手首から早い鼓動が伝わってしまうのが嫌で真子が落ち着きのない様子を見せた。

「綺麗だ」

「…………」

「真子、すごく綺麗だ」

 ようやく発せられた声、ゆっくりと噛みしめるように二回言う。

 少女から成熟した大人の女性へ。

 雅樹は頭の中に残っている真子の姿と目の前の真子とを重ね合わせ、想像以上の成長をした姿はずっと待ち望んでいた果実が熟れたような喜びにさえ感じた。

 身体の芯が熱い、この熱を鎮める方法を一つしか知らない。

 雅樹はゆっくりと真子の身体をベッドに横たえると二人の視線が絡んだ。

「どうした?」

 縋るような視線を向ける真子の瞳が濡れているのは羞恥のせいかこれから起こることの期待か。

 だが自由になった手で雅樹の逞しい胸板に触れる真子を見て、それが後者だと分かると雅樹は堪えきれず口元を緩めた。

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