『いつかの夏へ』
16
触れ合った唇が震えているのは緊張からなのか、二人とも相手の唇が震えていることに気付くと戸惑ったように離れた。
「怖いか?」
「ううん。雅樹こそ……」
「バカ、俺のは武者震いだ」
「ね……責任取れるかな、ちょっと自信ない……」
精一杯明るく茶化すようにいったつもりの真子は自分の声が震えてしまっていることにも気付かないほど緊張していた。
その緊張は肩を抱いている雅樹に伝わってくる。
「間に受けてんじゃねぇぞ」
緊張を解すために雅樹は笑いながら答えた。
だが体を硬くしている真子は不安が消えないのか震える手で雅樹のカットソーを掴む。
その仕草が初めて真子を抱いた時と重なり、雅樹は暴走しそうな自分を抑えるためにゆっくり息を吐いた。
「さっきも言ったけど……十年抱いてねぇからな? 俺もどうなるのか想像出来ないし、たぶん……優しく出来ないと思う」
「雅樹……」
「どうする、止めるか?」
今すぐにでも押し倒してしまいそうな自分を押し殺しながら、雅樹はもう一度真子に気持ちを尋ねた。
(こんなことで焦って傷つけたくはない)
真子はそんな雅樹の思いを受け取って、首を横に振ってからぎこちなく笑った。
「あの頃だって……乱暴だったじゃん」
「乱暴……とか言ってんじゃねぇっての。俺の愛情表現だろうが」
心配させまいと明るく振舞う真子の気持ちが嬉しくて、雅樹は緊張を解くために硬くなった真子の肩を擦りながら小さく笑った。
つられて真子も笑い声を漏らしている。
「真子」
「ん?」
「抱くぞ、いいな?」
「うん……。でも、あんまり意地悪しないでね?」
「努力はするけど……多分無理」
雅樹の言葉に一瞬だけ不安そうな表情を見せた真子だったが、自分から手を伸ばして雅樹の首を抱きしめた。
熱い息が首筋に掛かるとまるで火でも点いたかのように体が熱くなった雅樹は真子の背と膝裏に手を当てるとゆっくりと抱き上げた。
真子の手がギュッとしがみつく。
「大丈夫……私、雅樹に抱かれたいってずっと思ってた」
すべての不安を真子が取り除いた。
(もう迷わない)
二人の気持ちがようやく一つに重なったような一体感を感じながら雅樹は寝室へと歩き出した。
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