『いつかの夏へ』
8
「関係ないだろう」
我慢しきれず雅樹は棘のある声で答えた。
そんなところまで第三者に踏み込まれてはたまらない、雅樹はさっさと話を終わらせようとしたが夏にはその気がないらしく立ち上がると雅樹を睨み上げた。
胸の前で手を組みキッと睨み上げる夏の姿から雅樹は苛々しながら視線を逸らした。
「関係ないことくらい分かってるわよ! でもね……真子の悲しむところは見たくないの、アンタはいっつもいっつも真子を泣かせてばかりじゃない」
「それは……」
言い返せない雅樹は苦々しい顔をして口を噤んだ。
真子の一番の親友だからこその言葉は雅樹にとっては一番堪えるものだった。
何も間違っていないその言葉に言い返せるはずもなく、奥歯を噛みしめながら視線を床に落とした。
「真子は悩んでるわよ。アンタが真子を抱かないのはあの時のことが原因だからじゃないかって」
「そんなわけあるか!」
「それに結婚するのも責任を感じて仕方なくじゃないかって、真子はずっと一人で悩んでるのよ?」
「…………」
(そんなはずあるわけない……)
仕方なく結婚するくらいなら今さら真子の前に姿を現すはずがない。
歯を食いしばって耐えてきた十年の月日の中で唯一の支えは真子の所に戻るため、ただそれだけだった。
「私はまだアンタが真子のことを幸せに出来るのかって疑ってる、だけど真子はやっぱりアンタがいいって言う。それなのにこんな風にアンタのことで悩んで真子は泣くの。私が口出すことじゃないことくらい分かってる! だけど絶対に真子には幸せになって欲しいから……」
感情が昂っているのか夏の声が震えている。
本人もそれに気付いたのか一度大きく深呼吸をしてから再び言葉を続けた。
「絶対に……絶対に幸せにならなくちゃいけないから、アンタに嫌われても構わない……今日はハッキリさせるから!」
(気の強い女は嫌いじゃないが……)
やっぱりこういう女は側に置きたくないと心底思った。
雅樹はようやく足元から視線をずらしゆっくりと顔を夏に向けた。
未だ自分を見上げていた夏は唇を噛み、食って掛かってきそう勢いで睨み上げていたが、その気の強そうな瞳はわずかだが潤んでいる。
ここまで真子のために親身になれる友達がいて良かった、雅樹は十年の間真子を支えてくれていたのは間違いなく夏の存在があったからだろうと思った。
「俺は、真子を幸せに出来る」
「……な、何の根拠があるのよ!」
あまりに自信たっぷりに言い切った雅樹に夏はうろたえた。
強い光を放つその瞳から揺ぎない自信のようなものを感じた夏はともすると理由もなく納得してしまいそうになった。
けれどそれを払うように頭を軽く振ると負けないくらい強い視線を雅樹に向けた。
「真子には俺しかいない。俺にも真子しかいない。ただそれだけだ」
「そ、そんなの理由になってないじゃない。それに……真子を抱かないのは!? そんな風に言うならどうして!」
「それは……真子と話をする。それで納得してくれないか?」
「……本当に真子を幸せに出来るの?」
「あぁ、幸せにする」
先に折れたのは夏だった。
口を真一文字に結び、目を逸らさず真っ直ぐな視線を投げ掛けてくる雅樹に、夏はフーッと長い長いため息をついてから苦笑いになった。
それから「分かった」と一言だけ残して帰って行った。
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