『拍手小説』
も2-5

 新しくオープンしたイタリアレストラン。

 緑豊かなガーデンに面し秋の穏やかな陽光が燦々と降り注ぐサンルームのような店内。

 真新しい椅子とテーブル、イタリアらしい店内の装飾品が壁を彩っている。

 ランチタイムで混み合う店内、一番手前の窓際の席に座る一組のカップル。

 彼女の方がニコニコと笑い身振り手振りで話をしている。

「二人で食事するのってすっごい久しぶり!」

「久しぶりって…一週間前に再会したばかりなんだから当然だろ?」

「でもでも! 昔はよく二人でご飯食べたでしょ?」

 クリームソースが苦手だという雅樹の為に選んだペペロンチーノを小皿に分ける真子は声を弾ませた。

 十年という期間を経て再び動き出した二人の時間。

 離れていた時間を埋めるようにたくさんたくさん話をしたいが日本に戻って来たばかりの雅樹にゆっくりする時間を作るのは難しかった。

「何食ってたっけ?」

「んとね…ラーメンとか…たこ焼きとか……」

 指を折りながら数えていた真子の手が止まる。

 10年も前の事を思い出すのは少し時間が掛かるらしく目を閉じて首を傾げている。

 ―トントン

 雅樹が指先でテーブルを叩いた。

「真子、せっかくの料理が冷めちまうぞ」

「あっ、そうだね!」

 ハッとしながらフォークに手を伸ばした。

 真子はパスタを口に運びながら目の前に座る雅樹の顔にジッと魅入っていた。

 再会出来た事は最初信じられなかった、今も目の前にいる雅樹は幻なんじゃないかと思ってしまう。

(カッコよくなったなぁ…アメリカでモテたのかなぁ)

 気になっているけれど聞けずにいる。

「何ジロジロ見てんだよ」 

 口元を拭う仕草も昔のようなガサツさは微塵も感じられず10年の間にえらく品行方正になったものだと感心した。

「ねぇ…アメリカの名物ってなぁに? その…デ、デートとかでレストランに行ったりしたのかなぁ…」

 最後の方はモゴモゴと聞き取れたのか分からない小さな声になってしまった。

 知らないなら知らないでその方が幸せなのかもしれない、それにこんな昔を探るような事をしたら気を悪くするかもしれないとすぐに後悔した。

「名物かぁ…」

 水で喉を潤しながら雅樹が呟いた。

「最初の頃はでかいステーキとハンバーガーとか嬉しかったけど…すぐに飽きた。やっぱり俺日本人だって思ったな」

「そうなんだぁ…」

「デートしたくても英語が出来なきゃ誘えないし、英語が話せるようになったら大学と仕事で忙しくてそんな暇はなかった」

 雅樹がニヤリと笑って言葉を続けた。

「それに俺にはずっと食いたい物があったからな。何食べてもそれには敵うものはなかった」

「なに?」

「玉子焼き、いつ食わせてくれんの?」

「あ……」

「早く食わしてくれねぇと味忘れちまうだろ」

(玉子…買いに行かなくちゃ)

 真子は思わず泣きそうになるのを堪えて10年前と変わらない笑顔を雅樹に向けた。


end

―45―
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