『拍手小説』
【庸介&珠子】
自分と同い年くらいのカップルが、手を繋いで歩く姿を目で追いかけていた珠子は知らず知らずため息をこぼした。
今日は小さなショルダーバッグを斜め掛け、何の収穫もなくて両手はがら空き。
隣を歩く長身の彼氏の両手も空いているけれど、帰るために駐車場に向かっているために片手には鍵が握られている。
(デートだって言うなら手ぐらい繋ぐのが普通だよっ!)
すでに社会人の彼氏は仕事が忙しく思うように時間が取れない、それでも時間が出来れば自分に会いに来てくれる。
本来なら感謝すべきだけれど、デートにしては素っ気無い彼氏の態度にムッとしてしまう。
せめて駐車場くらいまで手を繋いで歩きたい、そう思った珠子は手を伸ばそうとした時、手を繋いで歩く親子とすれ違った。
どこにでもある親子の風景、でもその姿はなぜか手を繋ぐ自分と彼氏の姿にだぶって見えた。
(手、繋いだって……恋人同士に見えない、か……)
惚気でもなんでもなく誰が見てもカッコいい彼氏とどこにでもいる高校生の自分、しかも身長差は頭一つなんて可愛いものじゃない。
見上げても遠い端正な顔立ちの彼氏は片手で鍵を弄びながら、ブーツの踵を鳴らしてエスカレーターに乗った。
(きっと庸ちゃんもそう思ってるんだ。私みたいなちんちくりんと手なんか繋ぎたくないんだ)
一度ささくれてしまった心を元に戻すことは難しく、珠子は下唇を噛んで俯くと涙が出てしまわないように庸介のブーツを睨みつけた。
動き始めた車内の重苦しい空気に最初に根を上げたのは庸介だった。
「ターマ、いい加減にしろよ」
「…………」
庸介は言葉だけでなく声にも明らかな怒りの色を滲ませている。
素直に言えば庸介なら分かってくれるはず、それでも言葉にすることに抵抗を感じてしまう。
「また暫く会えないんだぞ? 言いたいことがあるならちゃんと言え」
庸介の言うことは嫌と言うほど分かる。
顔を見ないでするケンカほどこじれることはないし、普段なら生まれない疑念さえも生んでしまうこともある。
(手、繋ぎたかっただけ……だもん)
心の中で呟けても声にならないささやかな願い、自分の口以外で庸介に伝えることが出来たらいいのにと、珠子は膝の上に置いた手を強く握り締めた。
「お姫様のワガママには困ったもんだな」
呆れている庸介の声にずっと痛みっぱなしだった胸の奥が弾けた。
「どーせ、ワガママだもんっ!」
「……タマ?」
「わ……私はちんちくりんだけど、庸ちゃんの彼女に見えないかもしれないけど、それでも庸ちゃんの彼女だもんっ」
「もしもし、タマさん? 話がまったく見えないんですけど?」
「デートって言うなら、手……繋ぎたいのに……」
「繋げばいいだろ」
「庸ちゃんと私じゃ恋人同士に見えないもんっ! 身長もこーーんなに違うし、庸ちゃんはモデルさんで私はちんちくりんで、どうやっても兄妹にしか見えなくて……っ」
堰き止めていた感情は一旦溢れ出してしまうと簡単に止めることは難しかった。
昂ぶる気持ちのまま思いを吐き出す珠子だったが、不意に重ねられた庸介の手にハッとして顔を上げた。
「恋人同士に見られたいから手を繋ぐのか?」
細いけれどしっかりした男の人の手が、その手の大きさからは考えられないほど優しく手の甲を撫でる。
ささくれた心も慰められているみたいに少しずつ穏やかになっていく。
「そんなことの為に手を繋ぎたいって言うなら俺は二度とタマと手は繋がないぞ」
「庸ちゃんのいじわるっ!」
「素直にならずに折角のデートを台無しにしたお仕置き」
その声はもう怒っていない、それどころか庸介の手はこれ以上ないほど優しく珠子の手を包み込んだ。
包み込む優しい温もりに握りしめていた手から力が抜けていくと、庸介の指が動き恋人同士のように二人の手をしっかりと繋ぎ直した。
「身長差が気になるって言うなら車の中で繋げば問題ないだろ」
庸介が「なっ」と繋がれた二人の手を持ち上げて振って見せる。
庸介の気遣いが嬉しくて身を乗り出した珠子が思わず強く引っ張ると庸介は慌てた声を上げ車が大きく揺れた。
「タマッ!! 運転中に引っ張ったら危ねぇだろっ!!」
路肩を並んで歩いていた男子高校生らしき二人組をギリギリで交わし、庸介に睨まれた珠子は「ヘヘッ」と笑って誤魔化したけれど、繋いだ手を離すことはしなかった。
end
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