『拍手小説』
【5:貴俊×祐二】
後部座席に座っている貴俊は車窓から流れる景色を眺めながら、18歳になったらすぐに免許を取ろうと考えていた。
連休の初日、秋晴れの空はまさに行楽日和、今日は祐二家族に貴俊と母親が加わり、隣県までドライブを楽しんでいた。
祐二の父親が運転するワンボックスの一番後ろ、祐二と並んで座っていた貴俊は出発してすぐ寝てしまった祐二の顔を覗き込み触れたい衝動を必死に抑えた。
(二人きりならいいのに……)
頭の中では自分が運転する車の助手席で、今と同じ可愛い顔で眠る祐二が肩にもたれ掛かっている。
(車は狭い方がいいから軽四で、出来れば二人を邪魔する物がないベンチシートで、それから絶対にオートマは譲れないな)
免許を取ったら一番最初に祐二を乗せて、行き先を決めないでドライブ、夜が来たらそのまま車の中で……。
(あ……でもそれじゃ、軽四じゃ狭すぎてするのは無理かな)
家族でドライブ中に考えるようなことではないな、と頭の片隅に追いやっていると車は駐車場へと入り停まった。
「着いたわよー」
女性陣が喜び勇んで車を降りて行った先は、この時期には有名な栗きんとんの店。
喫茶スペースでしか食べられない栗を使ったパフェを食べるのだと行く前から張り切っていた通り、息子のことなどお構いなしで店の中に入って行く。
貴俊は母親達の姿を目で追いながら、まだ眠っている祐二の肩を軽く揺すった。
「祐二、着いたよ。祐二……起きて」
「……んぅ、っ」
揺すられて身じろぐ祐二の口から零れた甘い声に身体の一部分が熱くなる。
(あーもう、おじさんがいなかったらこのままキスするのに)
誘惑と戦いながら今度は強く祐二の身体を揺すると、ようやく目を開けた祐二がぼんやりと見上げそれから少し機嫌悪そうに眉根を寄せた。
「祐二、着いたよ。栗のお店」
「ああ? もう、着いたのかよぉ……」
大きなアクビをして面倒くさそうに言いながらも、身体は言葉よりも軽く車から降りていく。
祐二を追いかけ車を降りた貴俊と祐二の父親、三人が店に入るとすでに母親達の姿は喫茶スペースにあった。
祐二は栗ソフトを貴俊は栗菓子が堪能出来るプレートを注文し、それぞれ受け取ると店内のスペースではなく屋外へと移動した。
「美味しい?」
すっかり秋めいた空気の中で栗ソフトを食べる祐二の満足そうな顔を見れば聞くまでもない。
予想した通り「美味いっ!」と返ってきて、それだけで嬉しくなる貴俊は自分も一口ずつ並べられた栗を使った和菓子に手を伸ばす。
和菓子らしい優しい甘さと栗の香りが口の中に広がる。
甘いものが特別好きというわけでもないけれど、ホッとする甘さに自然と顔を綻ばせた貴俊は、ジッとこっちを見る祐二に気が付いて顔を上げた。
「どれが食べたい?」
「べ、別に……ッ」
祐二の視線はプレートの一番端、栗を一つ丸ごと砂糖漬けにした和風のマロングラッセに注がれている。
気付いているけれど気付かないフリをして、栗羊羹の一切れに手を伸ばした。
「いいよ。こんなにあるんだから祐二も食べてよ、ハイ」
祐二が食べたいであろう物とは違う、栗羊羹を摘んで持ち上げると、祐二は少しだけ微妙な顔をした。
(ほんと……可愛いなぁ、もう)
「いらないの?」
欲しそうな顔をするくせに欲しいとは言えない祐二、手に持った栗ソフトが溶け始めていることにも気付かず、まるで念を送るかのようにプレートを見つめている。
もう少し可愛い祐二を見ていたいと思いつつ、焦らしすぎてヘソを曲げては元も子もないと、貴俊は「じゃあ、これは?」と目的の栗を摘んで持ち上げた。
貴俊が口の前まで運びニッコリ笑うと、祐二は目の前の栗を見てから貴俊を怪訝な表情で睨みつけた。
「へ……変なこと考えてんだろ」
「変なことって?」
「食べたいなら……キ、キスしろ……とか、好きって言え……とか、変なこと要求するつもりだろっ!」
途中聞こえないほどボソボソと小さな声になったが、側にいる貴俊の耳には十分届いた。
(さすがに……そんなこと考えてなかったけど)
これは利用させて貰う他ないと心の中でニンマリして、貴俊は少し身を乗り出して子猫が威嚇しているような祐二の顔に近付いた。
「要求したら、応えてくれるの?」
「バ、バカかっ! こんな人がいる前で出来るかよっ!」
「じゃあ……二人きりだったら、いい? 食べたいならキスしてって言ったらキスしてくれる?」
「う……うるせぇっ!!」
怒鳴った祐二が口を開けたと思った次の瞬間、指ごと噛みつかれていた。
指に歯が食い込んで痛いはずなのに、まるで愛撫をされたような甘い痺れが走り、どうだと言わんばかりの祐二の口から指を引き抜くのに理性を総動員させた。
「ふんっ!」
(何をしたって俺にとっては嬉しいだけなのに、本当に祐二は可愛すぎて困る)
貴俊は表情を変えないままさっき手にした栗羊羹に再び摘み、祐二の顔を見たまま口に運び汚れていないにも関わらず、その指を舌で舐める様を見せつけた。
「なっ!!!」
驚く祐二が羞恥で頬を染める姿に満足して、貴俊は畳み掛けるようなことを口にした。
「ね……祐二、大好きだよ。栗ソフト一口ちょうだい?」
恥ずかしさからなのか今にも逃げ出しそうな祐二、貴俊はすかさず栗ソフトを持つ手を掴まえた。
溶け始めた栗ソフトを祐二の顔の前で舐め上げて微笑んだ。
頬だけでなく耳も染めた祐二は消え入りそうな声でボソボソと呟いてから、貴俊が舐めた同じ場所へと赤い舌を伸ばした。
「分かってんだから、いちいち言うなよ。バカ」
(次は絶対、祐二と二人きりで来よう)
今すぐ押し倒して栗ソフトを食べて冷たくなっているだろう舌を味わいたい。
その舌を含め祐二のすべてを熱くしたい衝動を抹茶の苦味で鎮めながら、貴俊は18歳になったらすぐに免許を取る決意をあらたにした。
end
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