『拍手小説』
【陸&麻衣のオマケ】
きっかけは麻衣が呟いたこんな一言。
「なんかいいなぁ」
会社の女の子から貰ったらしい隣県にある観光地の銘菓を食べていた時の話だ。
最近出来た彼氏がドライブ好きらしく、休みのたびに日帰りではあるけれど遠出をするらしい。
麻衣の一言に他意がなかったのは疑いようもない、だからといって聞き流すことも出来ないのが男心というもの。
可愛い彼女のためならどんな苦難も乗り越えてみせる。
「だーかーらー! 今度の連休に休ませてくれって言ってんのっ!」
開店前の『CLUB ONE』のスタッフルームにいた陸はテーブルを強く叩き、もう何度目になるか分からないセリフを口にした。
叩いた反動で飛び跳ねた灰皿を手で引き寄せた誠が煙草を銜えたまま視線を上げる。
「お前も分からないやつだな。何度も言ってるだろ、ダ・メ・だ」
「麻衣が浮気したらどーすんだよ!」
「それはお前の甲斐性が無いだけだろ」
「だからー違うんだって! 俺も普通の男みたいに、休みには、ドライブとか、連れて、行・き・た・い・の!」
一向に首を縦に振る気配のない誠に焦れた陸は子供のように地団駄を踏む。
こんな光景は店では日常茶飯事で、誰もが気にも留めていなかったのだが、静かに本を読んでいた響がおもむろに立ち上がった。
「誠さん」
「んー、どうした?」
響に声を掛けられた誠は話は終わりだと言わんばかりに陸に向かってシッシッと手を振って見せる。
その態度に腹を立てる陸の横を響が通りすぎ、遠慮がちに切り出した。
「あの……実は俺も……今度の連休、休みが貰えたら、と……」
「ん? 珍しいな、どうした?」
「あ、いえ……無理なら構わないです。アノヒトが急に言い出して、いつもこっちの都合とかお構いなしで、だからダメならダメで俺も仕事してた方がい――」
「いいぞ」
表情に乏しいはずの響はわずかだけれど目元を染め、少しだけ上擦った声でやけに早口になった。
最後まで言い切ることなく誠があっさりとオッケーの返事をすると、驚いたのは響だけではなく陸もまた大袈裟すぎるほど目を剥いた。
今にも掴み掛かって来そうな陸を視線で牽制しながら、誠はオッケーを貰って戸惑いを見せる響に笑いかけた。
「行きたくないならその場で断わってるだろ? いい加減素直になって、たっぷり甘やかされて来い」
「あ、甘やかされてなんか……」
思い当たる事でもあるのか響は頬全体を真っ赤に染めると、居ても立ってもいられないとばかりに慌しく部屋を出て行った。
響の後ろ姿を恨めしそうに見送った陸は今度は自分の番だと誠の前に立ちはだかる。
「なんで響が良くて、俺がダメなんだよっ!」
「そりゃ……日頃の行いだろ」
「何だよ! ちゃんと稼ぎは出してんだろ!」
「そういうことじゃねぇの。アイツはいつも真面目に仕事してんの。たまには羽を伸ばすことも必要」
「俺も毎日、すげー頑張ってる!」
胸を張る陸に誠は大きく肩を落としてこれ見よがしなため息を吐く。
何を言われても絶対に折れないと、変なところばかりで男気を見せる陸は二本目の煙草に手を伸ばす誠をジッと見据える。
目を逸らした方が負けとばかりに睨み合いを続け、一歩も引かない二人の間にピリピリとした空気が流れる。
これはいつもと少し違うと気付いた同僚達が部屋に居づらくなり始めた頃、張り詰めた空気を破ったのは彰光だった。
「どうせならさ、店を休みにしたらいんじゃね?」
「彰さんっ!」
「彰さん!?」
傍観者を決め込んでいたと思われた彰光の参戦、しかも思いもしなかった発言に二人の反応はハッキリと分かれた。
喜色満面な陸に対して誠は信じられないとばかりに頭を振る。
「こうなったら陸は絶対に休むでしょ? 無断欠勤上等とばかりにな。店を開けてんのにナンバーワンがいないのも話にならないし、それじゃあ陸を縛り付けて店に出さしたらどうなるか……と言えば、使い物にならないのは明白だろ」
彰光の言うことは正論すぎて誠はぐうの音も出ないのだが、それでも簡単には首を縦に振れない。
陸は風向きが変わったと嬉しそうにしながら二人のやり取りを見守った。
「幸い、イベントもないし。表に『臨時休業』の紙を貼るだけで大丈夫だろ。それに……連休でたっぷり充電すれば、その後は……それなりの結果を出すよなぁ?」
最後の言葉は陸に向けて言ったしく、彰光の視線が陸へと向けられると、陸は壊れそうなほど激しく首を縦に振る。
鶴の一声ならぬ彰光の一声、これもまた『CLUB ONE』の日常風景だった。
end
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