『拍手小説』
【4:陸&麻衣】

 秋晴れの空、澄んだ空気。

 降り注ぐ陽射しの強さを和らげる冷んやりした風が気持ち良く肌を撫でていく。

「んーーっ! 気持ちいいなーっ!」

 両手を高く上げて身体を伸ばす陸が眩しそうに目を細めながら空を見上げた。

 車から降りた麻衣は鞄を肩から斜めに提げ、帽子を被ると陸の隣に並んだ。

「運転お疲れさま」

「ありがと! 朝早く出てきたおかげであんまり混んでなくて良かった」
 
 長い夏を終えてようやくやって来た秋を満喫するために、陸が連れて来てくれたのは古い町並みが有名な観光地。

 学生の頃に友達と一度訪れたことがある場所、あれから数年経っているせいかそれとも隣にいるのが陸だからなのか、高鳴る胸の鼓動は早く多少の寝不足など気にならない。

(デートらしいデートってあんまりしたことないから嬉しいな)

 生活スタイルが逆ということもあってすれ違が多い、一緒に暮らすようになってからはそれもあまり感じなくなっていた。

 それでも休日に朝早くから遠出するということはあまりないせいか、まるで初めてのデートのようにドキドキしてしまう。

「じゃあ、行こっか!」

 ニッと笑いながら差し出された手、驚いた麻衣が大きく見開いた瞳を揺らすと、陸は少し唇を尖らせ「ン!」とさらに手を伸ばす。

(なんか、恥ずかしい……な)

 差し出された手にそっと手を出すと陸はあっという間に攫い、指を絡めるように繋ぎ直し意気揚々と歩き出した。

観光客で賑わう町並みを見ながら土産物屋を冷やかす、すれ違う恋人達が手を繋いでいるのを見て麻衣は顔を伏せる。

(顔が……熱い)

 楽しそうに観光をする恋人達、自分達もまさにそうなのだと改めて思う。

 しっかり手を繋ぎほんの少し前を歩く陸は仕事中には決して見せることのない、少年のような屈託のない笑顔を見せ、店先に並ぶ商品を手に取ってはおどけて見せたり、初めて見るという古い町並みを眺めては感慨深そうに肯く。

 と付き合う前なら当たり前だと思っていたデートも、堂々と手を繋いで歩くことが出来るだけでこんなにも嬉しい。

 他の恋人達よりも不幸だなんて思うのは大間違いむしろその逆で、ほんの些細な事でもこんなに幸せな気分になれる人なんてきっと他にはいない。

 込み上げる幸せは頬を熱くさせるだけではなく涙腺も刺激した。

「麻衣、麻衣! 団子あるよ!」

 陸の大きな声にハッとした麻衣は、繋いでいた手を急に引かれて躓きそうになった。

 転びそうになるのを避けようと強く握りすぎた手、そのことに気が付いたのか陸が足を止めて振り返った。

「……麻衣、どうしたの?」

 怪訝な顔をする陸に心配させまいと慌てて笑顔を浮かべて首を横に振った。

「ご、ごめんね! ちょっとびっくりしちゃって……お団子、食べたかったの、陸は2本食べる? あ、ゴマもあるっ――」

「麻ー衣、そうじゃなくて。なんか泣きそうな顔してる」

「あ……こ、これは違」

 恥ずかしい顔を見られまいと慌てて顔を伏せたのは逆効果、握る手の力を強めた陸が一歩踏み出してさらに近付いてくる。

触れそうなほど側に来た陸からは夜の匂いはしない、いつものスーツ姿ではなくカジュアルなシャツ姿の陸が繋いでいない方の手を伸ばす。

 頬に手を添えられて思わずビクッと身体を震わせると、触れている手が優しい手つきで上を向かせた。

「麻衣? 俺……なんかした?」

 不安そうに眉を下げる陸。

 陸にこんな顔をさせたくなんかない、自分がどれほど陸に幸せを貰っているのか、溢れる気持ちを言葉にする余裕もなかった。

 より早く伝えたくて、言葉よりも簡単に伝えたくて、言葉じゃ伝えきれない気持ちを伝えたくて、逸る気持ちを抑えられない。

 踵を上げて伸びた身長、それでも少しだけ足りなくて、首を伸ばしてようやく軽く触れた唇。

 一瞬だけ触れた唇を離して瞳に飛び込んで来たのは呆けている陸の顔。

「陸が好きだよ。陸を好きになれてすごく幸せ」

 ここがどこかということも忘れて勢いに任せてした告白。

 少ししてようやく瞳をパチパチさせた陸は次の瞬間、顔をクシャクシャにして笑い腰に手を回すとそのまま抱き上げた。

 浮き上がった身体に驚いて陸の首に手を回す、そのままその場をクルクル回りようやく地に足が着いても、息を吐く暇もなく強い力で抱きしめられる。

「俺もすっげぇ、好き! 誰よりも幸せにしてあげたいって思ってるのに、俺の方がすっげぇ幸せにされてるじゃん!」

 そう言って何度もキスをする陸、周りから起きた拍手に気が付いて、慌ててその場から逃げ出す時にはどちらからともなく手を繋いで走り出していた。

end
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