『拍手小説』
【3:直紀&奈々】
例えば「恋人のどこが好き?」と聞かれたら、真っ先に頭に浮かぶのは煙草を吸う横顔。
好きになった時、絶対に叶うことのない恋だと分かっていて、姿を見られるだけで嬉しくてすれ違うだけでドキドキした。
高校を卒業する時、甘くて切ない恋も卒業するのだと思っていたのに……。
向かい側に座る恋人・北倉直紀を奈々は淹れたてのミルクティを飲みながらチラリと見た。
直紀は奈々が通っていた桜ヶ丘高校の体育教師、春に卒業するまでは先生と生徒という関係しかなかった。
学校を卒業すると同時に先生から恋人へ、初めの頃はぎこちなかった付き合いも、半年経ってようやくあまり緊張しなくなっていた。
部活の顧問をしている直紀に合わせてデートは週に一度、日曜日の午前中に迎えに来て夕飯を食べて、夜9時には家の前まで送り届けてくれる。
今日もいつものように朝迎えに来て、定番になった郊外にあるシネコンへ、公開したばかりの映画を見て、そのままショッピングセンター内のレストランへ。
食後のコーヒーを飲む直紀が慣れた手つきで煙草を取り出す姿につい見惚れてしまう。
取り出した煙草を銜えて火を点けて最初の煙を吐き出す、煙草の箱とその上に乗せたライターは決まって右手側。
空調で煙の流れる方向を確認してわずかに座る位置を変える。
そんな気遣いが嬉しい、煙をまともに顔に浴びて煙たそうに目を細める仕草にもドキッとしてしまう。
「どーした、そんなにジロジロ見て。なんかついてるか?」
煙草を銜えたままの直紀に不思議そうな視線を向けられた奈々は慌てて首を横に振った。
激しく首を横に振ったせいで首元に下がるハートのネックレスが揺れるのを指で押さえて俯いた。
「おい、本当にどうした? やっぱり3Dだったから気分でも悪いんじゃないのか?」
「大丈夫です」
「本当か? 具合が悪いならすぐに言え。無理して我慢するな」
こういう時には先生の口調に戻る直紀に、奈々は自然と口元が緩んでしまう。
おまけにまだ吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付け、もう吸わないとばかりに煙草とライターをポケットに押し込んでいる。
学生だった頃、憧れにも近い恋をしていた時には気付かなかったこと。
直紀はガサツに見えて実はすごく優しくて心配性の一面があるということ、時として乱暴な口調をするのは照れ隠しだということ。
そして……恋愛にオクテだと思っていた自分が、実はそうじゃなかったかもしれないと最近になって自覚し始めた。
「直紀、さん」
「ん? やっぱり具合悪いか? じゃあ店出て……」
「違います。あの……」
「なんだ?」
「煙草、吸っていいですよ?」
「……奈々?」
「煙草吸ってる直紀さん、見てるのが好き……なんです。カッコいいから」
「ばっ……バカ! 何、言ってんだ……お前!」
身体ごと横を向いてしまった直紀に、自分も恥ずかしくなって少し冷めたミルクティをゴクゴク飲む。
カップ越しに見えるのは耳が赤く染まった直紀の横顔、ぎこちなく新しい煙草を取り出す姿に、ミルクティの甘さが増したような気がした。
end
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