『拍手小説』
【和真&かのこ】
午後から取引先を廻り会社へ戻る途中、夕方の渋滞にハマってしまった和真は深いため息を吐いた。
「ったく……今日に限って何でこんなに混んでるんだ?」
「きんほーひ、らから……」
助手席には肉まんを頬張る部下、コンビニで買った温かいハチミツの飲み物と肉まんにかなり幸せそうな顔をする。
「菊原さん、一応仕事中なんですが?」
「わはって、まーす! ングッ……あ、課長も一口食べますか?」
ハイと食べかけの肉まんを突き出される。
色気よりも食い気。
社用車ではなく自分の車なのに肉まんの匂いが充満して、本来の車のイメージから程遠いほど所帯染みている。
「そんなに食うと太るぞ。ここから歩いて戻った方がいいんじゃないのか?」
嫌みたっぷりで返してやると、不貞腐れたのか唇を尖らせて肉まんを引っ込めた。
「そんなの……買う前に言ってくれればいいのに……。今日の夕飯はこれでおしまいにするからいいですよーだ」
部下でもあり恋人でもあるかのこは助手席で小さくなって肉まんをちびちびと齧り始めた。
「そうか、残念だったな。今日はヘルシーな豆腐料理の店に行こうと思ったんだがな」
前方の信号が青になりゆっくりと車が動き出すが、あと少しという所で信号は赤に変わってしまった。
またため息が出そうになりながら隣のかのこに視線を移すと恨めしそうな視線でこっちを見ている。
渋滞の暇つぶしとからかっていたのだが、どうやら本格的に機嫌を損ねて始めているらしい。
そろそろ止めておくかと思っているとかのこが大きな声を出した。
「うわぁーーーーー!!!」
「どうした?」
感嘆の声を上げるかのこは返事もせずに正面を向いて口をポカンと開けている。
何だっていうんだ……?
和真もその視線を追うように視線を前方に移すと、真正面に冬の風物詩とも言えるイルミネーションが点灯している。
今日から点灯だと新聞に書いてあったことを思い出し、いつにない渋滞の理由も頷けた。
「すっごい綺麗〜! こんな風に車の中から見たの初めてだけど、ここって真正面! 特等席っ!」
肉まんのことを忘れてすっかりはしゃぐかのこが俺を見て「ねっねっ」と笑いかける。
本当は付き添いなんていらなかった外回り、でもかのこを連れ出して良かったなと思わずにはいられない。
「よく見ておけよ。そろそろ信号が変わるぞ」
「うん!」
俺に言われるまでもなくすぐに視線はイルミネーションに釘付けで、それはそれで何となく面白くない。
今なら誰も見てないか……。
信号が変わる前にとハンドルを握ったまま身体を大きく捻ってかのこに口付けた。
驚きで目を見開いたかのこの顔が面白くて、そのままプッと息を吹き込んでから顔を離すとちょうど青信号に変わった。
「もう〜っ! 見れなかったぁ〜!」
「ざまぁみろ」
「もう、ひどいっ!」
笑ってやるとかのこは肉まんみたいに頬を膨らませて肉まんに豪快に齧り付く。
「共食いだな」
「はんか、ひひまひたー?」
「なんでもねぇよ」
肉まんの味がするキスでこれほど幸せになれる男はきっと俺くらいだろう。
end
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