『拍手小説』
3

「そんじゃ、まぁ……自己紹介しますか。どうせやんないと帰れないんでさっさと終わらせるのが一番かと」

「同感だな」

 陸の言葉に真っ先に頷いたのは和真だった。

 二人の顔に疲労感が漂っているのを見てればわざわざ問いたださなくてもそれが真実だとすぐに分かった。

「如月和真、普通の会社員だ」

 さっさと終わらせたいと顔にハッキリ書いてある和真が仏頂面で自己紹介をした。

「ゲッ……今すげぇ「普通」に力入れた? そんな凶悪なオーラ背負ってるくせに「普通」とか言えるってスゴ……」

「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ?」

 独り言のようにボソボソ呟く明利の言葉を耳聡く聞き付け、最後まで言わせることなく口を挟むと睨み付け再び二人の間で火花が散る。

 またさっきの二の舞かと三人がため息を吐きかけるが今度は和真の方から視線を逸らした。

「時間の無駄だ。さっさとやれ」

 ごもっともな和真の言葉に三人は頷いて明利に視線を送り早くしろ促した。

 明利は納得行かなくて少し不貞腐れた態度を取ったが、横から自分にしか聞こえないような小さな声で「ガキだな」と言われ悔しいが確かにその通りだと気持ちを切り換えた。

「菊原明利。大学二年で教育学部では社会を専攻してます」

「へぇ……ってことは将来は教師に?」

「はい。歴史が好きなので高校で教えられる立場になれたらと思ってます」

 元々素直で快活な明利はようやく自分のペースを取り戻したのか庸介の問いかけにもハキハキと応じた。

 その態度は誰が見ても気持ち良く、ギスギスしていた空気もいつの間にか消えている。

「ってことはもしかしたら俺と同僚になるかもしれないな。北倉直紀、高校で体育教師をしてます」

「なれたら……嬉しいです」

 科目は違えど夢である高校の教師をしている直紀に明利ははにかみながらも尊敬の眼差しを送った。

「じゃあ次は俺ね。三木本庸介です。仕事は……」

「俺さー……さっきからどっかで見たことあるなぁって思ってるんだけど……」

 順番が回って来た庸介が自己紹介をしかけると腕を組んで難しい顔をしている陸が庸介の顔を覗き込んだ。

 どこで見たのかと思い出そうと首を傾げマジマジと覗き込む陸に庸介は顔を引き攣らせながら体も引いて陸から逃れようとした。

「実は俺もどこかで見たことあるなぁって思ってました」

 明利も同じようなことを言い、でもどこで見たのか思い出せないのか首を傾げるばかり。

「んーもしかして俺と同業だったりする?」

 陸は自分を指差しながら庸介に問いかけると、庸介はジッと陸の顔を見返した。

「同業?」

「そ……俺は中塚陸。『CLUB ONE』って店でホストやってます。どこの店? お兄さんカッコいいしさ、うちの店に来ない?」

「いや、俺はホストじゃなくて……モデルを……」

 自己紹介しつつスカウトする陸に困惑した様子の庸介は顔の前で手を振りながら訂正した。

「思い出したっ! これ……この携帯のCMに出てましたよね?」

 庸介が言い終わるとほぼ同時に明利が思い出したように声を上げた。

 それからわずかに腰を浮かして携帯を取り出すと庸介の顔の前に突き出した。

 少し前に売り出された防水携帯、直紀と和真はあまり興味がなさそうな顔をしていたが陸は食い入るように携帯を見つめた。

「あーーー! そうそう、俺も思い出した! モデルのヨウだろ? うわー実物見るとやっぱすげぇなぁ……」

 明利と陸から向けられる視線に庸介は居心地悪そうにしている。

 だが始まった時よりかはかなり良くなった場の空気に和真の眉間の皺はいつの間にか消えていた。


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