『拍手小説』
七夕【ガクさん×カオル←BLです】
今日は珍しく郊外にあるショッピングセンターへ来た。
だが来てすぐに後悔した。
週末に合わせてセールも開催しているらしく広い通路も人人人という感じでごった返している。
たまには外に連れ出そうと本屋に行きたがっていたカオルをわざわざここへ連れて来たものの人の多さに失敗だったとすぐに思った。
だがカオルは無理をしている風でもなくニコニコしている。
こんなに大勢の人がいる所では手を繋いであることも出来ない、そうすることが出来ない場所をカオルは好きじゃなかったはずだ。
けれど付かず離れずの距離でピッタリと俺の横を歩いているカオルはやけに嬉しそうだ。
「カオル?」
「ボクね、なんか初めてカオルって名前で良かった、って思う」
今まで名前が嫌だなんて聞いたことがなくてそれにはさすがに驚いた。
確かにカオルという名前は女性でもありえる名前、しかもカオルの場合は容姿も男性的というよりはどちらかというと女性的とも言える。
容姿や名前でどんな嫌な思いをしたのかは何となく想像がついた。
「俺はカオルの名前好きだぞ。まぁ……カオルの名前だからだけどな」
「ガクさん?」
意味が分からないと首を傾げるカオルに、俺は思わず手を伸ばして髪をクシャと撫でた。
「もしカオルじゃなくて太郎でも二郎でも、お前の名前なら何でも好きになってたってことだ」
「ガク、さん……」
嬉しそうに頬を染めるカオルについ抱きしめたくなる。
少しずつゲイへの風当たりが弱くなってきたとはいえまだ大っぴらに人前で抱き合えるほど受け入れられてはいない。
抱きしめたい気持ちを我慢しながらカオルの髪から手を離した。
「さっき、短冊。持って帰って飾れば良かった、かな?」
そう言うカオルの嬉しそうな顔に俺も自然と顔が綻んだ。
七夕のイベントに参加した俺達は短冊に願い事を書いてきたばかりだ。
子供ばかりのイベントスペースを避けて通ろうとした俺だったが、カオルはピタリと足を止めて風に揺れる色とりどりの短冊に見惚れていた。
「俺達も書くか?」
「いいの?」
嬉しそうに目を輝かせるカオルに俺は頷いて返した。
俺は手を伸ばして短冊とマジックを取るとカオルに手渡し、自分の分も探そうとしたが一枚の短冊に釘付けになって動かなくなったカオルに気が付いた。
「どうした?」
「うん……」
さっきまで嬉しそうなキラキラした瞳は悲しそうに曇ってしまっていた。
そんなに悲しくなるようなことでも短冊に書いてあったのかと俺はカオルの見ていた短冊に目を走らせた。
あぁ……そういうことか。
何となく納得した俺はすっかりしょげてしまったカオルから短冊とマジックを抜き取って書き始めた。
「出来たぞ! カオル、ここでいいか?」
「ガクさん……」
「いいから、これでいいだろ?」
もうそんな気分じゃないという顔をしているカオルの手を引いた俺はカオルの目の前で短冊を笹に括り付ける。
足元ばかり見ていたカオルがようやく顔を上げた頃には短冊は笹にぶら下がって揺れていた。
顔を上げたカオルは俺の書いた短冊を目で追う、それからゆっくりと俺の顔へと視線を移した。
「でもね。ボク、ガクさんの……」
「俺はさ……カオルがいいよ。ずっとカオルがいてくれたらそれが一番の幸せだ、俺の願い叶えてくれるよな?」
周りには聞こえないように囁くように言う。
カオルは黙ったまま二度三度と小さく頷いてから遠慮がちに俺のシャツの裾を指で摘むとソッとすり寄った。
「ガクさん、好き」
小さな声の告白にドキッとすればこのままキスしたくなる。
買い物の前にトイレにでも寄って……と不謹慎な俺の横でカオルはまだ嬉しそうに短冊を眺めている。
さっきカオルを落ち込ませたラベンダー色の短冊には「元気な赤ちゃんが生まれますように」と書いたあった、そしてその横には黄緑色の「家内安全」と書かれた素っ気ない短冊、俺達の短冊はその隣りで揺れている。
――死ぬまでずっと二人でいよう。
短冊いっぱいに書いた横には俺の名前の岳とカオルの名前を連名で書いた。
確かに俺達では子供を授かることは出来ない。
きっとカオルは俺の社会的な立場とかを考えて悩んでしまうんだろうけど、だいたい俺は女性を抱いたことは一度もないし抱きたいと思ったこともない。
そんな俺にはカオルの心配は杞憂のなにものでもない。
いつか人目を気にしたり世間体を気にしたりしなくてもいい世の中が来ればいいのだが……。
だから些細なことだけど形に残るものとして俺の気持ちを書いたことはどうやらカオルの心配を少しは取り除けたらしい。
「そうだ。家でも七夕飾ってみるか?」
俺がそう提案すればカオルはますます嬉しそうな顔をして大きく頷いた。
end
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