『拍手小説』
七夕【あっくん&かのこ】
俺はいつになく機嫌が良かった。
久し振りに会うねーちゃんが元気だしよく笑う、ややシスコンだと自覚はあるけれど原因はそれだけじゃない。
今日は邪魔な奴がいない。
ねーちゃんは特に取り柄もなく顔もそこそこ、そのせいか会社に入るまで彼氏が出来なかった。
そんなねーちゃんに彼氏が出来たのだが……これがとんでもない男だった。
暴力を振るうとか金遣いが荒いとか、そういう男なら俺が有無を言わさず別れさせた。
けれどねーちゃんの彼氏は違った意味でとんでもない、まずねーちゃんの上司だということおまけにただの上司ではなく社長の息子だということ。
このままいったら玉の輿なのだから弟としては応援したいところ……。
でもあの男だけはヤバイと俺の第六感が訴える、まだ数回しか会ったことないけれど確かに腹が立つ。
「……利、明利。あっくん! 聞いてる??」
「あ、あぁ……ごめん、ごめん」
「もうっ! 混まないうちにご飯食べちゃおうっ」
ボーッとしていた俺はねーちゃんの少し怒った顔に苦笑いを返した。
きっと俺とねーちゃんは普通の姉と弟よりも仲が良い方だと思う、こうやって大きくなってからも二人で出掛けたりすることがある。
今日はボーナスの入ったねーちゃんが俺に飯を奢ってくれるらしい。
「うーん……ピザ、パスタ。あーでも今日は和食……お好み焼とかでもいいなぁ。ねぇ、あっくんは何が食べたい??」
大学生にもなってあっくんと呼ばれるのは恥ずかしい。
でもそれが俺とねーちゃんの特別な呼び方のような気がして敢えて受け入れている。
「何でもいーけど、安くて腹の膨れるやつ」
「ちゃんとお金持ってきてるからそんな心配しないでよっ」
「別に心配してないし。学生は安くて腹が膨れることが大事なんだよ」
「今日はおねーちゃんがいるんだからそんな心配しないで好きな物食べてよ! あ……あそこにしようか串揚げ屋さん」
「……食べ放題? やっぱ金が心配なんじゃん?」
「ちーがーうーっ」
レストラン街へ向かう途中でそんな風に軽口を叩きながら歩いているとねーちゃんが突然足を止めた。
一体どうしたのかと見ていると広い吹き抜けのスペースに七夕が近いせいか笹飾りのコーナーが作られている。
それが気になるのかねーちゃんはフラフラと引き寄せられるように歩いて行った。
「うわぁ……いっぱい書いてあるよー」
何本もある笹にはすでに重そうなほど色とりどりの短冊が括り付けられていた。
そういえば自分達が小さい頃は父親が近所で笹を分けて貰い折り紙で作った飾りや願い事を書いた短冊を毎年のように飾っていた。
「なんかこういうのいいなぁ。ねぇ……あっくん?」
「そうだな。ねーちゃんも何か書いたら?」
「えぇーっ、でも恥ずかしくない?」
「そんなことないって……ほら、こんなこと書いてる人もいるみたいだし」
俺は目線の高さにあった白い短冊をねーちゃんの方に見せた。
「麻衣とずっとずっと仲良くしたい。うぅ……なんか読んでるこっちが恥ずかし……ってあれ? これってもしかしたら?」
ねーちゃんは近くにあった黄色の短冊を指で摘んで俺に見せた。
「なになに? 陸とずっとずっと一緒にいられますように……麻衣。って……あ、こっちは陸ってなってる!」
どうやら恋人同士らしい二人の短冊だったらしい。
少し離れた位置にそれぞれ括り付けられた同じ願い事の短冊はまさに七夕の織姫と彦星のようだと思った。
「じゃあ……私達も書いちゃおうか?」
「俺も?」
「当然でしょっ」
笑顔でねーちゃんに押し切られた俺は水色の短冊を手に取り、橙色の短冊をねーちゃんに差し出してさっそく願い事を短冊に書いた。
あまり悩むことなく書いた俺はさっさと短冊を笹に括り付ける。
少し悩んでいたねーちゃんは書き終わると俺の視線から隠すようにコソコソと括り付けた。
小さな頃は○○が欲しいとか△△になりたいとか、夢のような願い事を書いていたけれど見られて恥ずかしいと隠すようなことはしてなかった。
どうせ……アイツとのことなんだろうなぁ。
少しだけムッとしながらも幸せそうなねーちゃんの顔を見ていればそれもいいかと思えて来る。
「ねーちゃん、腹減ったー」
弟らしく声を上げるとねーちゃんは嬉しそうに俺の手を引いて歩き出した。
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