『拍手小説』
rain【雅樹&真子】
慣れないことはするもんじゃない。
昼過ぎから降り始めた雨がだんだん強くなり夕方には道路に大きな水溜りを作るほどになっていた。
だから出掛けに傘持っていなかった真子の姿を思い出してしまうと気になって結局は仕事を早めに切り上げてしまった。
自分でもどうかしてるんじゃなかと思う。
だが会えなかった十年は何もしてなかったんだからこれくらいしたっていいし後で後悔するくらいなら悩んでいるより行動に移すべきだと身を持って知っている。
この前聞いたばかりの真子の言葉を頼りに会社まで迎えに来てしまった。
もしかしたら会社に置き傘があるかもしれない、それならそれで俺は行かなかったことにして帰ればいいと思っていた。
どうやら……置き傘はなかったらしい。
会社から出て歩いてくる真子の手に傘はない。
けれど雨に濡れないために走ることもなくゆっくり歩き普段見せないような笑みを浮かべている。
何やってんだよ……アイツ。
真子の隣を歩くのは俺よりも少し年上に見えると男、きっと身長は俺とそんなに変わらないと思うのは真子の顔の位置が俺と並んだ時と同じだからだ。
二人は一つの傘に入り寄り添って歩いている。
浮気だとかそういうことを疑うわけじゃない、そんなことあるわけないと信じているからだ。
でも、腹は立つんだよ。
俺なんかまだ仕事や式の準備やらで忙しくて真子とゆっくり過ごすことも出来ないのに、あんなに肩が触れそうなほど寄り添いながら一つの傘を差して歩いてやがる。
それに……クソッ!!!
自分のガキっぽいところに腹が立ち思わずハンドルに拳を叩きつけた。
相合傘だってまだ……俺としたことねぇだろっ!
高校生の頃も今も一緒に過ごしたのはほんの数ヶ月、だから俺たちには普通の恋人同士がしているような思い出が少ない。
もっと時間を作って遊びに行きたくても色々とあってそうもいかない。
何やってんだよ、真子……ふざけんなよ。
二人は駅に向かっているのか少しずつ近付いて来る、俺はこのまま知らない顔して車を発進させようかと思ったが体は正直だった。
車を降りると歩道側に立ち真子が来るのを待った。
車に乗っている時には気付かなかったが雨足は結構強い、濡れていくスーツがまだおろしたてだと気付いたが今はそれどころじゃなかった。
「遠慮しないでもいいのに、柏木さん。駅着いてから困るでしょ?」
「結構マンションまで近いんで全然大丈夫ですよ! それに車で送ってもらったりしたら遠回りになっちゃいますよ!」
余所行きの真子の声だ。
「俺なら全然構わないよ」
「ほんと大丈夫なんで!」
「じゃあ、傘だけ使って? 風邪でも引いたら俺責任感じるよー」
二人の声が近付いて来る。
真子が気付くまで黙っていようかと思ったがもう限界だった。
どう見たって相手の男は真子に気があるだろ、真子もヘラヘラ笑ってないでそれくらい気付けよ!
「真子、帰るぞ」
「エッ……雅樹っ!?」
俺は歩道に足を踏み出して二人の行く手を遮るように立った。
俺の声に驚いた真子は目をパチクリさせながら俺の顔を口をポカンと開けて見ている。
「早く車に乗れよ」
俺は顎で後ろに停めてある車を指した。
真子は俺の後ろを覗くように見て車を確認したのかさらに驚いた顔をして俺を見た。
あまりに驚いた顔はまだ高校生だった頃、屋上で初めて二人きりで話した時のあの顔とそっくりで俺の機嫌はあっという間に直った。
だがそれも一瞬だった。
隣にいた男はあろうことか真子と俺の間に割って入った、さすがにこれには真子も驚いたのか今度はその男を驚いた顔で見上げている。
コイツ……何勘違いしてんだ?
まるで真子を庇うように立つその姿にムッとした。
けれど真子と同じ会社の人間だということを思い出した俺はあえて無視して真子の手を掴んだ。
「濡れる、早く行くぞ」
「う、うん……傘ありがとうございました。それじゃあ失礼します」
「柏木さんっ!」
歩き出した俺たちに男が慌てたように呼び止める。
俺は無視して車に乗込もうと思ったが真子が律儀に立ち止まったから仕方なく俺も立ち止まった、もちろん掴んだ手を離すことはしなかった。
「そ、その……」
男は何か言いたげな顔をして俺の方をチラッと見る。
そういう視線を投げ掛けられるのは慣れていた、といってもそれももう十年以上の前の話だが。
「あ……えっとすいません、無愛想で……」
真子は視線に気付いてクスクス笑う。
…………無愛想で悪かったな!
「私の婚約者の瀬戸雅樹さんです。高校の頃からずっとこんな感じなんで気にしないで下さいね」
「こ、ん……やく、しゃ?」
「えぇ、もう課長には報告したんですけど……みんなにはまだ恥ずかしくって……」
真子が照れたように頬を染める。
それを見て俺は妙な優越感を感じ気持ちに余裕が出たせいか、着ていた上着を脱ぐと真子の頭からすっぽり掛けてやった。
「ありがと……でも、雅樹が濡れちゃうから」
「気にすんな。お前が風邪引く方が困るんだろ、病人の看病なんてしたことねぇからな」
「あ……それもそっか」
あまりにも大人気ないと思った、何をただの同僚に対して張り合っているんだと思った。
それでも真子は俺のだと誇示したい。
「そ、そうなんだ……優しそうな彼だし、迎えに来てもらえて良かったね。そ、それじゃあお先に!」
勝った。
男が向きを変えて足早に立ち去って行くのを見て俺は真子に見えないように小さく拳を握った。
「傘、ありがとうございましたーー」
何も知らない真子は後ろ姿に向かって声を掛けると俺の顔を見上げていつもの顔で笑いかけた。
「迎えありがと! もう連絡くれたら良かったのにーでも驚いたけどすっごい嬉しいっ!」
「いいから、早く車乗れって」
俺は照れくさくてぶっきらぼうに答えながら足早に運転席に乗込んだ。
end
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