【7】
賛成はしてくれないものの、表立って反対もしなくなった両親のおかげで私達の交際は順調だった。
彼の人気が出るにつれ小さなケンカもしたけれど、必ず仕事の帰りに喫茶店に寄り花を届けてくれた。
そして短大を卒業する日が近付いていたある日。
私はいつもより緊張の面持ちで彼が来るのを待った。
ノースポールの鉢植えを小脇に抱えた彼はお客からプレゼントされた上等なスーツを着て、時計も有名ブランドの物を身に着けていた。
それでも彼の優しさは変わらず、その日もいつものようにゆで卵にマヨネーズをたっぷり乗せて食べていた。
私は話しかけるきっかけを窺っていたけれど、色々と忙しくて一時間くらいで店を出て行ってしまった彼を慌てて追いかけた。
「竜ちゃんっ」
「どうしたー? 店はいいのか?」
「あ……あのね……竜ちゃんに話が……あるの」
「話?」
彼は不思議そうに首を傾げたけれど、そのまま飛び出して来た私にコートを脱いで肩にかけてくれた。
彼に抱きしめられているようなぬくもりに背中を押され、私はようやく口を開くことが出来た。
「赤ちゃん……出来たの」
「……赤ちゃん?」
生理が遅れていて昨日病院で見て貰ったと言うと、彼は驚きに目を見開きそのまま私の腹部をジッと見つめている。
う……れしくないの?
想像していたのと違う反応に不安になっている私に構わず彼は急に駆けだしてしまった。
え……?
どんどん小さくなる彼の姿を信じられない気持ちで見つめ、姿が見えなくなってもその場を動くことが出来なかった。
家族を作りたいって言ってくれたのは嘘だったの?
望んだ妊娠ではなかったけれど、彼ならきっと手離しで喜んでくれると思っていた。
だから勇気を出して産婦人科へも行ったし、今日も打ち明けることが出来た。
それなのにこの仕打ちはひどい……。
溢れる涙を止められず店に戻れない私は涙で滲む視界の端に白い物が近付いてくるのを捉えた。
「美紀っ!」
近付いてきた白い物の正体は彼が抱えているかすみ草の花束というよりは塊だった。
腕の中から零れてしまいそうなかすみ草を抱えたまま、息を切らした彼はそれを私に差し出した。
「すぐに結婚しよう。何があっても大切にする。美紀も生まれてくる子供も守る。絶対に離れない、ずっと側にいる。ありがとうな……美紀」
竜……ちゃん。
抱えきれないほどのかすみ草のせいで抱きしめられないことに気付いた彼は笑いながら泥のついた手を伸ばした。
「なんでこんなに泣いてるんだよ」
「だ……だっ……竜っちゃ……いなく……なっ……」
子供が出来たと言った途端、捨てられてしまったと思った。
こんなに花を抱えて戻って来た理由を尋ねたかったけれど、しゃくり上げるせいで上手く喋れずにいると彼が察したのか理由を教えてくれた。
「プロポーズするのに花がなきゃかっこつかねぇだろ! もっとバラとか豪華なのが良かったけど、おっちゃんがこれ持ってけって」
かすみ草の花言葉は『切なる喜び』
言葉の通り彼は抱えきれないほどのかすみ草でその想いを伝えてくれた。
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