姫の王子様

 冬休みは短いのにイベントが多くて、本業は勉学のはずの学生も、この時ばかりは本業そっちのけである。

 冬休みまであと一週間というある日、珠子は鼻歌を歌いながらリビングのソファにいた。

「たーまこー。どうしたんだー?」

 今日も一時間の入浴タイムを終えた拓朗が髪を拭きながら珠子の隣に座る。

 珠子の五歳上の兄・拓朗は大学生、春からは社会人としての生活が待っている、そしてこの歳になっても「超」が付くほどのシスコンである。

「あ、お兄ちゃん! あのね、あのね……庸ちゃんがクリスマス帰ってくるって!」

 妹の口から出た名前に拓朗の眉が吊り上がる。

 それは20年来の幼馴染であり、悪友という名の親友であるが、ある日を境に宿敵にもなった。

 まさに腐れ縁というやつで、これからもきっとその縁は切れるどころか、ますます強くなっていくことも予想出来る。

 拓朗は「最悪だ」と呟くと姿勢を正すと、珠子の方へと体を向けた。

「珠子、いいか。よく聞きなさい」

「なあに、お兄ちゃん」

 携帯を触りながら録画しておいたアニメを見ている珠子のおざなりな返事に、拓朗は咳払いをして注意を引いた。

 ようやく珠子の視線が動いたことを確認すると、拓朗は小さな子供にでも言うように口を開いた。

「クリスマスは家族で過ごすものなんだよ。家族でツリーを見ながらチキンとケーキを食べて、クリスマスソングを歌うんだよ」

「小さい頃は庸ちゃんのお家でよくやったよねー! 三角の帽子被ってー」

 そう、いつだって記憶にあるクリスマスには庸介の姿があって、それはもはや家族も同然ということでもあった。

「あのね、お兄ちゃん! 庸ちゃんがね、おっきなクリスマスツリー見せに連れて行ってくれるんだって!」

「クリスマスツリー?」

「テレビで見てていいなぁと思ってたからすっごく楽しみ。ママとパパも行っていいって言ってくれたし、クリスマス晴れるといいなぁ」

「た、珠子ちょっと待ちなさい」

 拓朗は頭をフル回転させるが、あまりの事態に考えることが出来ない。

 そしてひっきりなしに鳴るメール着信音に拓朗は眉間の皺を濃くしていった。

「何着ていこうかなぁ」

「珠子、クリスマスツリーって一体……」

 二人きりにさせてなるものかと、目の色を変える拓朗の前で、珠子は嬉しそうにテレビを指差した。

「ほら、お兄ちゃん! CMやってるよ!」

 それは有名なテーマパークのCMで、ちょっと行って来るという距離ではない。

 拓朗はこみ上げる怒りを懸命に押さえながら口を開いた。


「ダメだ。行くことはお兄ちゃんが許しません」

「ママとパパはいいって言ったもん」

「ダメです」

「もう行くって決めたの! お兄ちゃんがダメって言っても行くもんねーだ!」

 珠子がベーと可愛い舌を出してそっぽを向く、妹を守りたい気持ちはあるが、嫌われてしまっては意味がない。

 拓朗は腕を組んで唸り声を上げた。


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